斜陽38
「ん? 誰だー?」
叩かれた扉へと、シラユリは誰何の問いを行う。
「私です。ヒヅキです」
「え!? 本当にヒヅッキーかー!!?」
扉越しの応答に、シラユリは驚いた声を出しつつ、扉に近寄る。
「はい。そうです」
その声は扉越しとはいえ、シラユリの聞き慣れた声であったので、シラユリは思い切って扉を開ける。
扉の先には、どことなく眠たげな角度に垂れた目をした、黒髪の青年が立っていた。
「おお! 本当にヒヅッキーだー!」
青年の姿を確認したシラユリは、感動したような声を上げた。
「お久しぶりです。シラユリさん」
そんなシラユリに、ヒヅキは微笑みかける。
「よくここに私が居るのが分かったなー!」
室内へと手振りで誘いながら、シラユリは問いかける。ヒヅキがそれに従って室内に入ると、シラユリは扉を閉めた。
「冒険者の方々が私を探しているようでしたので、それを観察していたところ、シラユリさんがいらっしゃったので、失礼ながら追跡させていただきました」
「おお、あの時私達を見ていたのかー!」
「はい。シラユリさんが敵ではないようで安心しました」
「……私は最初から反対だったさー。ヒヅッキーとは良好な関係のままでいたいからなー」
そう言って、シラユリは呆れた様に肩を竦める。
「おっぱいだって同じ意見だと思うぞー。だから何も喋っていないからなー」
「お心遣い感謝致します」
「ヒヅッキーは、そういうの嫌いそうだったからなー」
「そうですね。私は目立ちたくはないので、情報を流されるのは不快ですね」
「だと思ったぞー。……まぁ、あの冒険者達はヒヅッキーの好きなように対処すればいいさー」
ヒヅキの言葉に、シラユリは、しょうがないとばかりに小さく笑う。
「よろしいので?」
「いいよ。深くは考えずに手を出したあれらが悪いのだから。好奇心で身を滅ぼす者など、特段珍しくもないさ」
「なるほど。それで、あの女性とは何の約束を?」
「さぁ? 私は関わらないようにしていたからね」
「そうですか」
「だけれど、全員と何かしらの取引をしていたみたいだよ。内容までは知らないが」
「なるほど。教えていただきありがとうございます」
「いいさ。先にちょっかいをかけたのは向こうなんだから」
哀愁漂う大人びた顔をみせたシラユリだったが、直ぐにいつもの少女のような笑みに戻る。
「それにしても、ヒヅッキーは大活躍だったみたいだなー」
「しょうがなかっただけですよ」
「それでも、噂に聞く活躍は、冒険者でも無理なものばかりだったぞー」
「まぁ、一度死にかけましたからね」
「そうなのかー!?」
「ええ。あんな事、もう二度とごめんですね」
そう言うと、ヒヅキは疲れたように笑う。
「そっかー。ごめんなー。その時に居られなくて」
「いえ。冒険者の方々の事情も理解していますから」
「それでも、結局元凶がソヴァルシオンに逃げ込んできているんだから、申し訳ないのさー」
冒険者達を怒らせた原因の第二王子と王妃は、結局その冒険者達が護る街に逃げ込む形となった。
ガーデンから冒険者達が去ったのは、エインの事件とは無意味とまでは言えないが、結果として、激怒した相手を護っていたのだら、滑稽な話ではあった。
「私達はもうすぐここに戻るが、それでも少し肩身は狭いよなー。それはしょうがないんだがなー」
窓の外に目を向けたシラユリは、フッと自嘲気味に笑った。しかし、直ぐにヒヅキへと目を向ける。
「それはそうと、ヒヅッキー」
「なんでしょうか?」
「忠義の騎士って何だー?」
「……ああ」
シラユリの問いに、ヒヅキは嫌そうな表情を浮かべる。
「身元を隠しつつ、エイン殿下の力を示すために、一芝居うったのですよ」
「なるほどなー。道理でヒヅッキーらしくないと思ったんだー」
ヒヅキの話に、シラユリは納得したと頷いた。