斜陽36
「申し訳ありません。目標を見失ってしまいました」
宿屋の一室に入ってきた女性は、開口一番そう言って、室内に居る冒険者達に頭を下げた。
「ほぅ。君から逃れられるとは、それだけで手練れである事が分かるな」
一人の冒険者の言葉に、周囲に頷く様な気配が漂う。
ヒヅキを案内していた女性は冒険者ではないのだが、相手を捕捉する事に関しては、かなりのモノを持っていた。それにプリスの部下でもあるので、隠密術にも長けている。
「確かに凄いとは思いますが、我々でも不可能ではない。本当に件の者という保証は?」
「別人ではありません。確かにあの方でした。私は直接お会いした事は在りませんが、人相についてはプリス様より伺っておりますし、遠目ながら目した事もあります。それに、プリス様より探すよう命じられておりますので、現在この街に居るのは確かです」
「我らは遠目にも見た事はないからな……噂なら聞いたが、それのどこまでが事実かも分からないし」
「全て事実です」
冒険者の言葉に、女性がそう断言する。
「それで、現在どこに?」
「……分かりません」
「…………ふぅ」
「ですが! 途中までは連れてきましたし、情報だってお渡ししました!」
嘆息する冒険者に、女性は必死になってそう言葉を紡ぐ。
「約束は守りますよ。ですが、途中まででは意味が無い」
「そんな……私の事がプリス様に知られるのは時間の問題なんですよ!!」
必死に訴えかける女性に、冒険者達も困ったように顔を見合わせる。
「とりあえず約束は果たします。……というよりも、現在果たしている最中ですので、ご安心を」
「本当ですか!?」
「我らは別に冷酷ではありません。ですが、結果が貴女の期待通りになるとは限りませんよ?」
「それは分かっています。それでも――」
女性が話を続けようとしたところで、部屋の扉が開かれ、数名の新たな冒険者が入ってきた。
「来たぞー。何の用だー? しかし、こう人が多いと狭いなー」
背の低い女性は周囲を見回しそう言うと、部屋に漂っている空気に首を傾げる。
「何か暗いがどうしたー?」
その問いに、先に室内に居た冒険者が説明をした。
「なるほどなー。それで呼んだのかー。だからこんな事は反対だったんだよー」
「そうですわね」
肩を竦めた少女に、隣の女性が同意して頷く。
「では、作戦は失敗という事で、戻りましょうか。どうやら傭兵達は倒されたようですし、ここに滞在している必要もないでしょう? 早くソヴァルシオンに戻って、本格的にここに戻ってくる準備をしたいのですが?」
女性の言葉に、幾人かが同意を示す。
「だが、今この街に、件の規格外の存在が滞在しているという事だ。一度会ってみたいだろう?」
「会ってどうするのかしら?」
「魔法について色々訊きたいだけだ。別にどうこうしようとは思わない」
「賢明ね。噂通りなら、軽く返り討ちに遭うだけですもの」
そう言うと、女性は肩を竦めた。
「それに私達がここに居るのは、傭兵達に備えてだったはずよ? 会うなんてそちらが勝手に決めたことじゃない」
「だ、だが!」
「別に止めはしないわよ? ただ、私はそろそろソヴァルシオンに戻らせてもらうというだけよ」
「私も戻るぞー」
踵を返して部屋を出ていこうとする二人。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
それに冒険者の一人が慌てて声を掛ける。
「何かしら?」
「んー?」
呼び止める声に、二人は首を捻って振り向く。
「も、もう少し待ってはくれないか?」
二人が降りる事に冒険者が焦る声を出すのは、この場においてそれだけ二人の影響力が強いからで、二人が出ていこうとするのに続いて、幾人もの冒険者達が出ていこうとしていた。
「もう十分待ちましたわ」
しかし、二人は聞く耳持たずに、部屋を出ていく。それに室内の半分の冒険者達が続いたことで、残された冒険者達の間にも、諦めたような雰囲気が漂い出した。