斜陽35
気配を追っている女性が接触していた人物が到着したのは、ヒヅキの記憶が正しければ、宿屋であった。
その人物が入っていった一室には、幾人かの人物の気配が確認出来る。その気配の感じに、ヒヅキは覚えがあった。
(冒険者か)
少し前に冒険者である傭兵を倒したばかりではあるが、おそらく室内に居る冒険者達は、ギルド所属の冒険者であろう。
(……さて、どういう意図があるのやら)
エイン側に裏切り者が居るかどうかは不明ではあるが、ヒヅキの情報が洩れているという事や、プリスの名を出したのも含めて考えると、少なくとも情報を流している者が存在している可能性が極めて高いように思えた。
ヒヅキがそんな考察をしていると、もう一人の女性が他の宿屋に入っていく。そこにも冒険者達が待機していた。
(ふーん。なるほど)
それを踏まえて、ヒヅキは周辺にある宿屋に絞って気配を探っていく。
(やはり)
目の前の女性が遠回りながらも向かっていると思われる、進行方向の先に在る宿屋の一室に、他の冒険者達が集まっているのが判った。
(それだけ判ればもう用は無いかな)
それで目の前の女性に興味を失ったヒヅキは、気配を消しつつも、一瞬でその場を移動する。
一瞬で移動した先は、冒険者達が集まる宿屋の一室から少し離れた場所。
「何をするつもりかしら?」
周囲に人影が無いからか、ウィンディーネがヒヅキに問い掛けてくる。
「ただの監視ですよ。読話は苦手なもので」
「先を急がなくていいのかしら?」
「気ままな一人旅です。それに、もう時間が経ち過ぎていますし」
「どういう意味かしら?」
「……数日や数週間など既に誤差という事ですよ」
「なるほど」
納得した様なウィンディーネをおいて、ヒヅキは遠目で窓越しに観察を行う。見たところ、全員見覚えのない冒険者ばかりであった。
(まぁ、知り合いの冒険者の方が少ないんだが。それにしても、やっと気がついたのか)
案内していた女性が、ヒヅキが付いてきていない事に気がつき、慌てだした気配を感じたヒヅキは、呆れたように息を吐く。
(他の冒険者達も動き出したか。ここに集まるつもりかな?)
周囲の気配を捉えながら、目線の先に居る冒険者達の動向を観察し続ける。
(それで、目的は何なのか)
1つはヒヅキ自身だろうことは、わざわざプリスの名を騙る女性を使ってまで、自分達の許まで連れてこさせようとしていた事から、容易に想像はつく。
(事と次第によっては、冒険者も敵に回るという事か)
冷え切った目を向けながら、ヒヅキは内心でそう呟く。
「ん?」
監視している冒険者達の泊まっている宿屋の周囲を探っていたところ、それに近づいていく新たな冒険者の集団を捉えたヒヅキであったが、今回はその集団に覚えのある気配が混ざっている事に気がつき、思わず眉根を寄せる。
(シラユリさんにサファイアさんですか。さてはて、どうなっているのか)
その二人は、かつてヒヅキと共に仕事をした事があるだけに、光の魔法をヒヅキが使える事は知っていた。
(プリスさんの名を出した以上、情報の漏洩はあったのでしょうが、それにしても、これでは少し前提が変わってきますね)
ヒヅキは自分の情報についての新たな出所の可能性の出現に、事の成り行きへより注意を向けていく。
(出来れば知り合いを敵にはしたくないが)
そう思うも、もしその時が来た場合、ヒヅキは一片の情も挟まずに二人を始末する事だろう。
冒険者達が少しずつ集まりだすなか、ヒヅキを案内していた女性は周辺を探した後、走らないように気をつけながらも、足早に宿屋に入っていった。
そして、そのまま迷うことなく、一直線に冒険者達が集まってきだした広い部屋に入っていく。これで、女性の目的地は確定であろう。
(苦手ではあるが、頑張ってみるか)
窓越しに中の様子を窺いながら、ヒヅキは話の内容を知る為に、見える範囲で室内の人物達の唇の動きや表情などへ注視していく。