斜陽31
「終わったかしら?」
「ええ」
突然耳に届いたウィンディーネの声に、ヒヅキは足下に転がる王妃の首を無感情に見下ろしながら頷く。
「でも、よかったの?」
「何がですか?」
「殺してしまって」
「訊きたい事は聞けました。他は知りませんよ。別にこの国に愛着もありませんし」
「あら、やっぱり冷たいわね」
からかうようなウィンディーネの声に、ヒヅキは首を傾げる。
「そうですか? ここで赦す様なら、そもそも襲撃なんてしませんよ。そんなきれいごとに興味はありませんし」
「ふふ。そうね。それでこそヒヅキよ」
「……そうですか」
「それで、これからどうするの?」
「一度ガーデンに戻りますよ。これはまぁ、付いてきている人が片づけてくれるでしょう」
「ああ、そこそこ隠密行動が上手なあの人間ね」
「ええ」
ヒヅキは踵を返すと、天幕を出ていく。
「それにしても、上は面倒ですね」
「そうよ。それでいながら、下は勝手に期待して、思い通りにいかなければ逆恨みしてくる。実に勝手なものよ」
ウィンディーネの呆れた物言いには、実感がこもっているように思えた。流石に崇められていただけのことはあるのだろう。
「しかし、ヒヅキも面白い斬り方をするものね」
その声に、ヒヅキは野営地内を歩きながら、近くに倒れている死体に目を向ける。
「ウィンディーネは血がお嫌いのようなので」
「そうね。私は綺麗好きなのよ」
「ですから、また洗われても困りますので、血が出ないようにしたのですよ」
「あら、それは残念。ヒヅキを洗うのは楽しかったのに」
機嫌よさそうなウィンディーネの声に、ヒヅキは苦笑の形に口元を歪める。
「さて、帰りぐらいはのんびりしますか」
野営地を出たヒヅキは、ガーデンへと向かって歩みを進めていく。
「しかし、居るのが判っているとはいえ、突然話し掛けられるのは慣れませんね」
「あら? それじゃあ姿を現しましょうか?」
「それは騒ぎになるので、遠慮してください」
ウィンディーネは自分を見た相手を魅了するらしいので、現在姿を消してもらっているのであった。
「他の姿になればいいんじゃないかしら?」
「その姿では魅了されないので?」
「それは無理ね。私は存在するだけで、周囲を惹きつけてしまうから。だから、人前では喋らないでしょう? この状態でも、多少は効果があるのよ?」
「でしたら止めてください」
「そうね~。崇められるのも疲れるもの。ヒヅキのように、私の魅了が効かないなら問題ないのだけれども。ヒヅキは特別ですものね」
「まぁ、私もウィンディーネに多少は魅力を感じていますよ」
「多少で済むのなら、効いてないわよ」
「そうですね。惹かれる以上に、私はウィンディーネが恐いですから」
そう言うと、ヒヅキは肩を竦めた。
「ふふ。大丈夫よ。私はヒヅキに危害を加えるつもりはないから」
「……今のところは、でしょう?」
「ふふふ」
ヒヅキの言葉に、ウィンディーネはただ楽しげに笑うだけで答えない。
そんなウィンディーネに、ヒヅキは小さく息を吐いた。
「もうすぐガーデンですので、また大人しくしていてくださいね」
「ええ、解っているわ。群がられても迷惑ですもの」
その言葉と共に、ウィンディーネは静かになる。
それを確認したヒヅキは、ガーデンの門を通るのではなく、密かに壁を越えて中へと入っていくのであった。
◆
「全て片が付いたようですね」
去っていくヒヅキの背中を確認した影は、闇の中から姿を現すと、周囲に目を向ける。
「相変わらず規格外の方ですね。まさかこうもあっさりと殲滅されるとは」
そこら中に転がっている死体を確認しながら、影は中央の大きな天幕の中に入っていく。
「これで一先ず終わりですか」
そこに転がる二つの首を見た影は、少し安堵の声を出した。
「あの方が仰った言葉が気にかかりますね」
ヒヅキが森の中の名も無き村で、最後に影へと問うた内容を思案するように、影は王妃へと目を向ける。
「……まぁとりあえず、今は後処理を開始しますか」
そう言って二つの首を回収した影は、それを持って一度闇の中に戻っていった。