斜陽30
「ま、お前の言う通りに、私はそれなりの権力を持ってはいるが、それでも多少参考にされる程度でしかない。それでは駄目なのだよ」
「だから扱いやすい王の擁立を?」
「ああ、そうだな」
「なるほど。それで、その前にコズスィを使って何をしようとしていたので?」
「戦争さ」
「どさくさに紛れて、エルフかドワーフの国にでも攻めるつもりでしたか。そういえば、あの辺りは色々と資源や技術が在りますものね。大っぴらには出来なくとも、売れば金になりそうなモノも住んでいますし」
「ふっ、これだから賢しらな餓鬼は嫌いなんだよ。しかし、そればかりではないぞ?」
「ああそういえば、南の国境付近の警備責任者は、王の懐刀と言われている将軍でしたか」
「……ふぅ。お前はどこかの諜報員か何かか?」
呆れた様な王妃の物言いに、ヒヅキは僅かも微笑みを崩すことなく口を開く。
「いえいえ。私はただの庶人ですよ」
「お前のような庶民が居てたまるか。それにその剣、お前が忠義の騎士とやらか」
「忠義の騎士? ……ああ、そういえば、そういう設定でしたね」
王妃の言葉に、ヒヅキは思い出す。自分を目立たせない為に、色々と自分を偽った事を。
「設定? まぁいい。それにしても、あの娘はいい協力者を得たものだ。羨ましい」
「それで、何故そこまで権力を欲するので?」
「王が耄碌したからさ」
「王が耄碌?」
「あれはまぁいい王だったよ。しかし、今では後継者すら満足に決められぬ愚物と化した。世界の情勢は変わっているというのに」
「ああ、獣人辺りがおかしな動きをしていますからね」
「……本当に、お前は何者だ?」
「先程言ったかと思いますが?」
「ふっ、まぁいい。それに、おかしな動きをしているのは獣人だけではないさ」
「なるほど。ですが、今はそれどころではないんですがね」
「それはどういう意味だ?」
ヒヅキの言葉に、王妃が怪訝な表情を浮かべる。
「スキアの侵攻。その異常事態だけでおかしいと思うでしょう?」
「あれがまだあると?」
「あの程度で済めばいいのですが」
「……お前は何を知っている?」
「別に何も。ただ、敵の影を少しだけ」
「本当に、本当にお前は何者なのだろうな」
力なく首を振った王妃は、毒気が抜かれたように笑う。
「しかし、そういう意味でしたら、他の王候補でもよかったでしょう?」
「そうだな。もう一人の我が息子は、突出した才こそないが優秀だ。しかし、まだ視野が狭い。その点でいえば、あの娘は世界の変化を把握する目も耳も持っているが、だがあの娘では駄目なのだよ」
「母親の身分が低いからですか?」
「ああ。古い者には中々受け入れられない。それでも中央であれば問題ないだろう。何だかんだと言いながらも、あれは着実に地盤を築いているからな。しかし、地方は今少し時間が掛かる。その時間が致命的だ。だが、なまじ地盤が出来ているだけに、面倒なのだよ」
「本人は王位を捨てたがってましたがね」
「周囲は本人ではない」
「なるほど。ですが、それだけではないのでしょう?」
「そうだな。それでもやりようはあるし、国の為を思えば、おそらくそれが最善なのだろう。だがな、先程も言ったが、私は賢しらな餓鬼が嫌いなんだよ」
「納得しました。では、お別れです」
「ああ。だが、その前に訊きたい」
「何ですか?」
「何故そこまでコズスィの事を知りたがる? それに、私に向けている殺意は、私怨のような気がするが?」
「…………ほぅ」
王妃の観察眼に、ヒヅキは感心した声を小さく上げた。
「まぁ、コズスィに関しては、あの娘も調べていたから解らなくはないが」
「おや、エイン殿下はコズスィについて調べていたのですか」
「知らなかったのかい?」
「ええ。御明察の通りに、これは私怨ですから」
「……最期にその理由を聞かせてはもらえないか?」
「単純な話ですよ。私はね、貴女が扇動したコズスィが襲撃した村の、唯一の生き残りだからです」
「なるほど。それならばさもありなん。どうやら、お前には私を殺す権利があるようだ」
そう言うと、王妃は申し訳なさそうに微笑んだ。
「それでは、さようなら」
ヒヅキはそれに変わらぬ鋭い笑みを向けたまま、光の剣で王妃の首を斬り落とした。