斜陽29
その殺意に塗り固められた声音に、流石に王妃も微かに反応を示すも、それでもまだ怒りが勝っているようで、ヒヅキへの鋭い視線は変わらない。
「はぁ?」
片眉を歪めて不機嫌な声を出す王妃に、ヒヅキは小さく口にする。
「コズスィ」
「あ?」
「覚えがありますでしょう? かつて貴女が使った者達ですよ」
「ハッ! 何の話をしている?」
馬鹿でも見るような目でヒヅキを見つつ、王妃は密かに周囲に目を向ける。
「ああ! そうそう、先に言っておきますが、先程からわざとらしく叫んでおられますが、助けを期待しても無駄ですよ?」
王妃の目の動きに気がついたヒヅキは、それを嘲笑うかのようにそう告げた。
「……何の事だ?」
「私がこうして堂々としている時点で理解出来ませんか? 周囲に貴女の手駒はもう居ませんよ?」
そう言って目を細めて微笑んだヒヅキの言葉を、王妃は鼻で笑う。
「ハッ! それが何だというのだ? お前を殺す事に変わりはしない!!」
「そうですか。それで、貴女の昔の手駒であるコズスィについてですが――」
「知らんと言っただろう?」
「そうですね。貴女がコズスィを使って混乱を生み出そうとしていたのは知っています」
「…………」
「貴女は慎重に行動していたつもりなのでしょうが、しっかり目撃されていましたよ?」
「知らんな」
「ですが、目論見は失敗に終わりましたね」
ヒヅキは細めた目を僅かに開き、その殺意の籠った瞳で王妃を見据える。
「最期まで」
「ハッ! 何を訳の分からぬことを! お前の方こそ目論見が外れたというものだ!!」
王妃は服の中から護身用の短剣を引き抜くと、それを構える。
「確かに誰も来ないようだ。だが、ここは一矢報いれればそれでいい。どうやらお前は、私とコズスィの関係が気になるようだし、私を殺したいようだが、そうはいかんよ!!」
そう叫んだ王妃は、刃の向きを自分の方へと向けて、喉元にその短剣を突き刺そうとするが、直ぐに短剣を握っていた両の手だけが床に落ちた。
「簡単に死なせるとでも?」
ヒヅキは光の剣を片手に、その鋭利な光を宿す瞳で王妃の瞳を覗き込みながら、冷たく問い掛けた。
「な……!!」
しかし、当の王妃は、何が起こったのか理解出来ずに固まってしまう。
「切り替えが早いのは素晴らしいですし、判断力も悪くない。これで貴女に自死を許せば、私に対して多少は効果があったでしょう。ですが、前提が間違っていては意味が無い。貴女が何をしようと、私にとっては無意味な抵抗でしかないのですよ?」
ヒヅキの言葉に目を動かした王妃は、信じられないといった目を向ける。
「もっとも、貴女の愚かな息子のように、惨めに泣け叫ばなかったのは評価しますよ」
王妃は自分の肘の辺りへと目を向けた後、床に落ちているその先に在ったものへと視線を動かす。
「ああ、なるほど」
そんな王妃の反応に、ヒヅキは合点がいったとばかりに声を上げた。
「貴女は、既にそれなりの権力は持っていたと思うのですが?」
王妃は落ち着いてきたのか、ヒヅキの問いに上げた目線の先には、元の気丈な目があり、口元に皮肉交じりの笑みを浮かべていた。
「ふ、賢しらな餓鬼は嫌いだが、偽っても意味はなさそうだな」
「ええ。最期に少しぐらいお話をしましょう。どのみちもう貴女は助からないのですから」
「そのようだ」
ヒヅキの目を見据えた王妃は、肩を竦めて息を吐く。
「ならば少し話を聞け。そして答えろ。それで私は満足しよう」
「多少でしたらいいでしょう」
「ハッ! まぁいい。その傲岸さは嫌いではない」
皮肉げな顔はそのままに、それでも王妃は若干肩の力を抜いたようにそう口にした。