斜陽28
そんな経緯があり、結果的にヒヅキは村人達を救出する。
ヒヅキが村人達を助けたのは、別に村人達に同情したとか、第二王子や傭兵達の村人達に対する仕打ちに怒りを覚えたとかいう、義侠心からでは決してなかった。それでも、ヒヅキの私怨のおかげで、村人達が救われた事には変わりない。
「それで、これからどうするつもりなの?」
「これの母親に会いに行きますよ」
森の中を移動中、ウィンディーネの言葉に、ヒヅキは手にしている首に一瞬だけ意識を向ける。
「それは分かるわよ。私が言いたいのは、どうやって話を訊くのか、という事」
「聞いた話の通りであれば、何とかなりますよ。それに……別に話を訊きに行く訳ではありませんよ?」
「あら、そうなの?」
ウィンディーネは、わざとらしく驚いたような声を上げる。それにヒヅキは、唇の片端を僅かに皮肉げな角度に持ち上げるも、それだけで何も答えない。
そのまま森の中を進むと、空が白みだした頃に終わりが見えてくる。その先には大勢の人間が蠢く気配がしていた。
「さて」
ヒヅキは森を出る前に一度立ち止まり、身体の調子を確かめる。
「魔力の残量は十分。怪我等は無し。先に居る敵は脅威にはなり得ないが、油断は禁物」
確認を終えたヒヅキは、脚に重点的な強化を行い、手元のモノをそっと茂みの中に隠す。
「では、行きますか」
確認と準備を終えたヒヅキは、森の外へと一瞬で飛び出すと、光の剣を現出させて、問答無用でその場に居た傭兵と兵士達を撫で切りにしていく。
兵士達だけではなく、傭兵達ですらヒヅキの速度に反応できずに、次々と倒されていく事しか出来ない。それは幾つかの要因が重なったが故の惨事にして慶事。
まず、早朝なのもあり、まともに起きている人数がそう多くはなかった。それに、朝は何かと準備や支度がある為に、周囲に意識を向ける者は日中ほど多くはない。更には、傭兵や兵士達は襲撃などないと最初から油断していたのだ。
それに加えて、夜警をしていた者達が交代間近で気が緩んだ事や、ヒヅキがその警戒している者や影に居る者を優先して狙っていたのもある。他にも、中々帰ってこない第二王子の捜索隊が編成され、その部隊が出発まで眠っていた為に、いつもより見張りが少なかった時でもあった。
それら様々な要因が重なった結果、ヒヅキの電光石火の奇襲は成功したのだ。それもほとんど誰にも気づかせない完ぺきな形で。
「よくまぁ、あんな速度で移動しながら、状況の把握をそこまでしっかりと出来るものね」
どこからか届くウィンディーネの感心した声に、ヒヅキは肩を竦めてみせる。
「これだけは長年研鑽を積んだ魔法ですので。要は慣れですね」
「慣れ、ね。やっぱりヒヅキは面白いわね」
楽しそうなウィンディーネの声音に、ヒヅキは困ったような笑みを浮かべた。
「ま、今は残党狩りを済ませますか」
ヒヅキは中央に建っている大きな天幕は無視して、ひとまず野営地内を移動していき、他の天幕内に残っている傭兵や兵士達を残らず狩りつくす。
それが無事に終わると、突撃前に茂みに隠したモノを急いで取りに戻ってから、中央の天幕へと移動する。
天幕の前に移動すると、中の者が動く気配をヒヅキは感じ取った。
「ふぅ。そろそろあの子は帰ってきたかしら? そうでなければ捜索隊を出さなければならないけれど……誰か居ますか?」
中からの声に、ヒヅキは天幕の中が見えないように、入り口に垂らされている布を捲り中に入る。
「む? 貴様は何者だ?」
兵士や傭兵と服装が違うヒヅキに、王妃は訝しげな声を上げると、そっと自らの服の中に指を滑り込ませ、中に忍ばせている護身用の短剣に触れる。
「お届け物ですよ」
ヒヅキはどこか嘲笑するような軽い声音で、そんな王妃の前に、手に持っていたモノを投げ捨てる。
「何を……ッ!!」
一瞬、王妃は目の前に飛んできたそれが何か分からない表情を浮かべたものの、直ぐにそれが生首であると理解して、気味悪そうな表情へと変えた。
しかしそれも、その生首が誰の生首であるかを理解して、驚愕や絶望などが混ざった複雑な表情に変化する。
それから直ぐに、その愛する息子の生首を届けたヒヅキへと鋭い目を向ける。その表情は、憎しみや怒りなどの激しい感情に彩られているように、ヒヅキには見えた。
「お前がやったのか!!!?」
「ええ」
その怒鳴り声に、ヒヅキはにこやかな笑みを顔に張り付けたまま応えるが、僅かに覗くその目は、驚くほどに冷たく鋭かった。
「貴様あぁぁぁ!!! 自分が何をやったか理解しているのか!!!!」
しかし、憤怒に囚われた王妃は、そんなヒヅキを意にも介さない。
「勿論ですとも」
ヒヅキの余裕のある態度が、益々王妃の感情を逆撫でしていく。
「お前は簡単には殺さないぞ!! お前だけではない! 家族諸共、いや、お前の知り合いまで全て処刑してやるからな!!!」
王妃のその叫びに、ヒヅキの目の奥で僅かに怒りの火が灯る。
「それは順番が逆ですね」
それにヒヅキは、殺意を凝縮したような、寒気を感じさせる声音で静かに呟いた。




