斜陽27
村人達が頷いたのを確認したヒヅキは、残りの傭兵達と男の首から下の処分を任せ、村を去る。
去り際に、ヒヅキはそのまま外套をマリアに譲る。不要なら捨ててもいいと付け加えて。
「さて」
村を発ち、ガーデン近郊に展開しているガーデン侵攻軍の許へと移動している道中、ヒヅキは独り口を開く。
「今一度確認しますが。ウィンディーネ、あの時の話は事実で?」
「ええ。私が話した内容に空言は無いわよ?」
それに直ぐにそう言葉が返ってくる。しかし、周囲にウィンディーネの姿は無い。
「そうですか」
ヒヅキはそれに驚くことなく頷くと、先程の村に着いた時に、ウィンディーネから聞かされた話を思い出した。
◆
ヒヅキはシロッカス邸を出た後、ガーデン侵攻軍が野営をしているという場所に独りで赴いていた。しかし、直ぐに第二王子が不在な事を知ったヒヅキは、状況を確認するために森の中に入る。
しかし、ヒヅキはあの名も無き村を経由する道しか森を抜ける経路を知らなかったので、一度その道を進み、ソヴァルシオンで見つからなかった場合は、帰りに森の中を探索しようと決めて、村に寄った。
そこで、村人が第二王子と傭兵達に襲われている場面に遭遇する。その際、ウィンディーネの思い出したかのような声が聞こえてくる。
「あら? なんだか懐かしいにおいがするわね」
「におい?」
「ええ。見覚えがある、とでも思ってちょうだい」
「誰にですか?」
視線の先には、第二王子に傭兵や村人達と、大勢居た。しかし、この時点では、ヒヅキは第二王子の事を知らない。
「あの太った男よ。でも、あれじゃないわね」
「?」
「あれにかなり近しい人物……多分親、もしくは兄弟辺りじゃないかしら?」
「何処で見たので?」
「ほら、前にヒヅキが穢れた泉の話をしたじゃない?」
「はい」
「あそこに住む竜に会いに行った途上だったから、その周辺じゃないかしら?」
「なるほど。しかし、珍しいですね。ウィンディーネが人間を覚えているとは」
「ちょっと興味深い光景だったものだから」
「興味深い光景?」
「ええ。人間の女が、様々な種族と一緒に居る光景よ」
「なるほど……どんな状況でした?」
「そこはあまり興味がなかったからよく分からないわね。だけれども、人間の女が相手をしていたのは、狂信者だったわね」
「狂信者?」
「私は神として長いこと崇められ続けたから、様々な信者を見てきたわ。その中でも、狂信者は少々変わったにおいがしてね、会えばすぐにそれと判るわ」
「……それはどれぐらい前の事で?」
「さぁ? 時間の感覚がヒヅキと私とでは違うから、正確な時間は分からないわね」
「そうですか」
「だけれど、私が行った時には、まだあの泉は穢れていなかったわね」
「あの泉が穢れたのは確か……その狂信者はどのような服装でした?」
「記憶に無いわね」
「そうですか」
ヒヅキは頭の中で、ウィンディーネの話を纏めていく。そして、その可能性に辿り着く。
(あの泉が穢れたのは、俺があの村に移住してから、何年か経ってからだったか。時間的に考えて、人間の女という事は、あの男の母親か? そして、あの辺りの歴史を数十年ぐらい遡って思い出してみても、竜神の泉周辺に居た狂信者とは、おそらくコズスィだろう。ならば、あの辺りでコズスィが関係してくる話となると……)
そこまで考え、ヒヅキの纏う雰囲気が暗いものに変わっていく。
「ああなんだ、まだ終わっていなかったのか」
「? どうしたの?」
そのヒヅキの変化に、ウィンディーネは興味深そうに問い掛ける。
「いえ、なんでもないです。ただ、少々不快になってきただけで……ふふ、まだこれ程の感情が私にも残っていたんですね」
含み笑いを僅かに浮かべると、ヒヅキは光の無い目を第二王子へと向ける。
「不快なのはあれではなく、おそらくあれの母親ですが、確証は無いですけれど、とりあえず、あれに八つ当たりをしてみますかね」
そう呟いたヒヅキは、脚に強化を集中させていく。
「ちょっと行ってきますね」
ヒヅキはウィンディーネに一言気軽にそう告げると、一気に第二王子達の許へと駆けだした。