斜陽26
「それよりも」
これ以上続けては反応に困るだけだと考えたヒヅキは、何か話題はないかと周囲に目を向ける。
しかし、周囲にはこれといって目につくモノはない。傭兵もまだ数名生きているようだし、男もまだ生存していようだ。
さて、どうしたものかと考えたヒヅキは、自分が来る前の出来事について問い掛けてみた。
「どうしてあんなに一方的にやられていたのですか? 傭兵は確かに手ごわいですが、皆さんも十分強かったはずですが……?」
ヒヅキは以前にこの村に来た時の事を思い出す。その時はスキアに襲われていたが、村人達も勇敢に戦っていた。その姿は、冒険者にこそ劣るものの、ガーデンで目撃した兵士よりは強そうであった。
「それは……」
ヒヅキのその質問に、アーイスは少し迷うように言葉を続ける。
「以前、ヒヅキ様に御助け頂いた際のスキアとの戦闘で、戦える者達の多くを失ってしまったのです。勿論、ヒヅキ様の御蔭で生き残りは多かったのですが、肉体の損傷が激しく戦えない者や、精神的に参ってしまった者が大勢いまして。更には急に攻めてきたのと、まさかカーディニア王国の軍が襲ってくるとは夢にも思わなかった、我々の不注意さも重なりまして」
恥じ入るように顔を伏せたアーイスに、ヒヅキはなるほどと頷く。
確かに自国の軍が何の報せもなく襲撃してくるなんて、普通は思わないだろう。それに、この村は軍事的に重要な位置でもない。少なくとも、ガーデンを攻めるのでなければ。
「私やマリアも懸命に戦ったのですが、健闘空しく。それに、マリアは人を殺めるには向いていませんので」
「そうでしたか。今回の事で村人に被害は?」
「幸い、ヒヅキ様の御力で命を落とした者は居りません。ですが、精神的な部分となりますと……」
アーイスは、力なく首を振る。
「それと被害ですが、食料などの消耗品の他に、村を囲っていた柵や門、一部の家が少し壊されたり荒らされたしたぐらいです。ヒヅキ様が奴らを倒してくださったので、盗まれた物は無事回収できました」
「そうでしたか」
ならば十分軽微な被害といえるだろう。精神的な部分は、ヒヅキでもどうにもできない。
そうやってヒヅキがアーイスに話を聞いていると、生き残っていた傭兵は居なくなった。残るは男のみ。
「それにしましても、ヒヅキ様は治癒の魔法も行使できるのですね」
アーイスの驚きとも感心ともつかない声に、ヒヅキは頷きながら治癒魔法について思い出す。
(確か冒険者の間でも貴重なんだったか? そういえば、秘匿を勧められていたな)
そういう場合でもなかったがと、心の中で言い訳を付け足しつつ、何やら感動しているような面持ちの一家に、ヒヅキが僅かに頬をひきつらせたところで、最後まで残っていた男が息絶えた。
「ふむ……どうやら終わったようですね」
ヒヅキが顔を向けた先に、アーイス達も目を向ける。
「そのようですね」
「ゴミ処理はどうする予定で? 必要ならばこちらで処理いたしますが?」
その問いに、アーイスは首を横に振った。
「あの程度の雑務をヒヅキ様に御任せせずとも、こちらで処理致します」
「そうですか……」
ヒヅキは、手土産にあの男ぐらいは回収した方がいいだろうかと考え、念のために、未だに闇に潜んでいる人物に問い掛けてみる事にした。
「少し席を外します」
アーイス達にそう断りを入れたヒヅキは、一瞬で場所を移動する。
「あの自称第二王子は、こちらで処理してもいいですか? それとも持って帰ります?」
相変わらず一瞬で背後に現れたヒヅキに、その影は驚愕しつつ振り返ると、首を横に振った。
「でしたら、こちらで処理いたしますね。それと一つお訊きしたいのですが、王妃は昔、コズスィと裏で繋がっていましたか?」
ヒヅキの言葉に、影は何を言っているのだろうかという、どこか間の抜けた困惑の表情を浮かべる。それは何も知らぬ者の反応であった。これが演技であったならば、たいした役者だろう。
「そうですか。では、いいです」
そう言うと、ヒヅキは一瞬でアーイス達の許に戻る。
「もし差し支えなければ、あの男の首は貰ってもいいですか?」
その要求はあっさりと通ったので、ヒヅキは男の死体に近づくと、その首を光の剣で切断する。
「あの……」
その様子を見ていた村人の一人が、恐る恐る声を掛けてきた。
「何でしょうか?」
「他の死体もですが、何故貴方様が切断された場合は、その者から血が出ないのでしょうか?」
「ああ、それは切断しながら治療しているからですよ」
「……申し訳ありません。私では、貴方様の仰る意味が理解できません」
恐縮したように頭を下げる村人に、ヒヅキは気にしていないと手を振り、少し考え口を開く。
「斬ったと同時に、切断面を治療して止血しているのです……そうですね、斬ったと同時に切断面を焼いているとでも思ってもらえれば、そこまでの相違もないかと」
そのヒヅキの説明に、村人の顔に一応の理解の色が浮かぶ。
「それでは、この首は頂きますね?」
切り取った首を掲げたヒヅキの確認に、村人達は異論なしと頷いた。