斜陽25
「そう、ですか」
そんなマリアに少々異質な雰囲気を感じつつも、ヒヅキは頷き周囲の様子を確認する。
村人達に痛めつけられている傭兵達の中には、やっと死ぬことが許された者も出てきたが、それでもまだ半数以上は残っている。村人達の怒りも未だに衰えていない。
ヒヅキは第二王子だという男の方に顔を向ける。そちらも数名の村人が囲んでいたが、この期に及んでも、男は村人達に何やら怒鳴り散らしながら止めようとしていた。
それにヒヅキが少し耳を傾けてみると、
「お、お前ら! いい加減にしろ!! 私はお前らの住むこの国の次期王だぞ!! こんなことして許されると思うのか!!!」
しかし、そんな叫びは村人達の耳には届かないようで、村人達は男への恨みを晴らすのに夢中になっている。
(……狂気だが、俺もああだったな)
そんな村人達の様子に、幼少の頃に己が行った事を思い出したヒヅキは、懐かしさと共に、あの時誰かが居た場合、自分がどう見えていたのかを理解する。
しかし、それが悪いとは微塵も思えなかった。むしろ、当然の反応だと感じたほどだ。殺されかけ、大切な者を傷つけられ、生きてきた世界を壊されたのだ、そんな行いに対して報復して何が悪いというのか。弱者は搾取者の玩具であり続行ける必要は無いのだ、機会は活かせねば勿体ない。
そう思いながら眺めていたヒヅキの耳に、男の続く言葉が届いた。
「こんなこと母様が赦すものか!! 必ずこの蛮行の報いは受けてもらうぞ!! お前達なぞ皆殺しだ!!!」
「ほぅ……それは興味深い」
男の言葉に小さくそう口にしたヒヅキは、男へと近づく。
「少しそれと話をしてもいいですか?」
大きな声ではなかったものの、ヒヅキの言葉は村人達に届くようで、男を痛めつけていた村人達は手を止めると、慌てて一歩下がる。
「ありがとうございます」
それに礼を告げると、ヒヅキは男を見下ろしながら、にこやかに問い掛ける。
「貴方の言う母様とは、当然カーディニア王国の王妃の事ですよね?」
「そ、そうだとも! 母様は偉大なのだ! 直ぐにこんな辺鄙な村なぞ消し去ってくれる!!」
男の言葉を聞きつつ、ヒヅキはエインの話を思い出していた。第二王子は王妃の実子という話を。
「なるほど。それでその偉大な王妃とは、現在ガーデン近くに陣取ってる王妃で間違いないですか?」
「ああ、そうだとも! 直ぐに母様の軍がここへ押し寄せてくるだろうさ!」
「なるほど。情報どうもありがとうございます。では、そちらもしっかり始末しておきましょうか」
「な、何を言っている! 貴様如きで勝てると思うなよ!? 調子に乗りおって!!」
ヒヅキの言葉に、男は傲慢な態度の中に動揺をみせる。傭兵を瞬く間に無力化したヒヅキの力を思い出し、もしかしたらという思いが浮かんだために。
「ああ、大丈夫ですよ。場所は判っていますから」
「なにを……!!」
それだけ言うと、ヒヅキは周囲の村人達に話は終わった事を伝えて、背を向けて歩き出す。
「貴様ぁぁぁ!!! 待てぇぇぇ!!!」
背後から男の叫び声が響くが、直ぐに村人達に顔面を殴られた男は、それ以上意味のある言葉を発さなくなり、程なくして喉も潰されて叫ぶことも叶わなくなった。しかし、それでもまだ殺してはもらえない。
「ヒヅキ様」
その声にヒヅキが顔を向けると、そこには揃って頭を下げる、マリアとアーイスとその妻の姿があった。
「またしてもお助けいただけただけではなく、更には我らの傷まで癒して頂き、あまりの御恩に感謝の言葉も御座いません」
アーイスの心からの感謝の言葉に、ヒヅキは「無事で良かったです」 としか言えなかった。『大した事ではありません』 『気にしないでください』 などの言葉が浮かんだものの、それは無駄だと直ぐに理解したから。
「頭を上げてください」
そう続けるも、先程のマリア同様、この三人は直ぐには頭を上げてはくれなかった。
「……何か在りましたか? まだ生きているのは居ますが、参加しなくていいのですか?」
なので、話題を変えてそう言葉を掛けた。大分数は減ったとはいえ、傭兵達にはまだ生き残りは居た。
「いえ、私達の分は皆が晴らしてくれますので」
「そうですか」
「はい。ですので、私達はヒヅキ様に感謝を伝えたいと思い、失礼ながら御声を掛けさせていただきました。後で皆の感謝の言葉も御聞き届け頂ければと存じます」
(前からだったが、あの時はまだ気さくだった分、あの時以上だな。物堅いと言うより、ここまでくれば悪堅いだな)
一家揃ってどことなく仰々しい雰囲気に、ヒヅキは少し辟易してしまう。
「そうですか。ですが、そこまで畏まらずとも」
「これほどの御恩を受けて、そういう訳には参りません! この身全てを捧げても足りぬほどの御恩です!」
ヒヅキの困ったような言葉に、アーイスはそう断言する。
「……あー、そうですか。そのお気持ちだけで十分伝わってきましたので、それ以上は申し訳ないです」
こういう時にどう対処していいのか分からなかったヒヅキは、そう返すので精一杯であった。