斜陽24
「ヒッ! い、一体何をする気だ!!」
男は蒼白の顔を引き攣らせて後退ろうとするも、それを行う腕も脚も既に無くなっている為に、声を出す以外何も出来なかった。
「まぁ、それは後でもいいでしょう」
それを確認したヒヅキは、男から視線を切って振り返る。
「…………」
一瞬、村人が集められている空間の外に目を向けたヒヅキであったが、直ぐにマリアの方へと視線を向ける。
視線の先で、マリアは外套を抱えるようにして座ってはいたが、呆然とヒヅキの方を眺めていた。
「大丈夫ですか?」
光の剣を消してマリアの前まで移動したヒヅキは、しゃがんで視線を合わせる。
「あ! えっと、は、はい!」
慌てて頷いたマリアであったが、ヒヅキがマリアの身体の様子を確認すると、胸を中心に痛々しい赤や青の黒い痣や生々しい傷が出来ていた。
「遅くなってしまいましたね」
ヒヅキは治癒魔法でその痣や傷を跡形もなく癒していく。
「!!」
それにマリアは驚愕に目を見開くも、ヒヅキは周囲へと目を向ける。
「急がないといけませんね」
それだけ言うと、ヒヅキは一瞬で場所を移動し、動かなくなっている村人の許に姿を現す。
手早く村人の状態を確認したヒヅキは、その場に倒れている村人全員に治癒魔法を掛けていく。
(治癒魔法の扱いになれていてよかった。でなければ、既に魔力が枯渇していたな)
見る見るうちに治っていった村人達は、緩慢ながらも身体を動かし始める。
それを固唾を飲んで見守っていた、他の村人達がざわつきだす。
「さて、次は」
そうしてヒヅキは周囲に居た全ての村人を癒していった。
全ての村人を癒し終えると、ヒヅキは地面に転がる傭兵を指し示して、村人達に告げた。
「どうぞ、お好き」
村人達はヒヅキのその言葉に、傭兵達へと憎しみの籠った目を向ける。
「よ、よろしいのですか!?」
村人の一人が、ヒヅキに恐る恐る問い掛けてくる。
「ええ。お好きに。殺そうと嬲ろうと皆さんのお好きにどうぞ。何でしたら、あちらの男もお好きにどうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
拝むようにヒヅキに礼を告げると、村人達は殺意の籠った顔で傭兵達に近づいていく。
「や、やめ――!」
そんな村人達に、傭兵達は悲鳴のような声を上げるが。
「お前らが俺らに散々やった事だろうが!!!」
村人達の殺気混じりの怒声に塗りつぶされていく。
それから、防ぐ腕も逃げる足も失い、反撃する手段を失っている傭兵達は、村人達にされるがままに殴られ続ける。しかし、それでも容易に死ぬことは許してもらえない。
村人達がそうして傭兵達に仕返ししている内に、ヒヅキは一瞬で周囲の闇の中に移動した。
「見知った気配なので、まさかとは思いましたが」
「!!」
闇の中で、突然背後から声を掛けられた影は、驚き振り返る。
「こんなところで何を?」
影は戸惑うように目を泳がせた。
「まぁなんでもいいですが。敵ではないのでしたら問題ありませんし」
そう言うと、ヒヅキは来た時同様に一瞬で村人達の方へ移動する。
「ヒヅキ様!」
戻ったヒヅキを見つけたマリアが駆け寄ってくる。
「家族を、村人達を御救い下さり感謝致します」
ヒヅキの前に跪いたマリアは、神にするかのようにヒヅキへと祈りを捧げ始めた。
その突然のマリアの行動に、ヒヅキは戸惑いつつ状況を整理していくが、いまいちマリアの行動が理解出来なかった。
(感謝されているのは解るのだが……)
とはいえ、そのままにしておく訳にもいかないので、ヒヅキはマリアに声を掛ける。
「そこまでされる必要はないですから、立ってください」
しかし、マリアは祈りを捧げる姿勢のまま動かない。
ヒヅキは腰を曲げると、そんなマリアに手を差し伸ばす。
「さぁ」
マリアはその手に目を向けると、有難そうに両手で恭しく握った。
その手を引いてマリアを立ち上がらせると、ヒヅキはマリアに問い掛ける。
「マリアさんは参加されなくていいのですか? あの男には酷い目に遭わされたのでは?」
ヒヅキの問いに、マリアは首を横に振る。
「ヒヅキ様に御救いいただけました。それだけで私の心も救われましたので」
そう言うと、マリアは慈悲深そうな透き通った微笑みを浮かべた。