斜陽23
傭兵の奇怪な叫び声に、エルフの少女は恐る恐る目を開ける。
「何だ貴様は!!?」
そこに、男の憤怒に彩られた怒声が飛ぶ。
「貴方には、手向けに名乗る価値も無いと思いますが?」
それに返ってきたのは、波紋の生じない水面のように静かな男の声。その声に、少女は聞き覚えがあった。
男の静かな声と共に、少女に覆いかぶさっていた傭兵の残っていたもう片方の腕が切り飛ばされる。それで支えを失った傭兵が少女へと倒れそうになるも、直ぐに傭兵は肥満体の男の方へと蹴り飛ばされた。
「ぐへっ! こ、こら! こっちに飛んでくるな! 邪魔だ! 馬鹿者!!」
傭兵がぶつかった男は、傭兵を受け止める形で尻餅をついた為に、傭兵へと悪態をつく。
「あ! ……あぁ」
覆いかぶさっていた傭兵が吹き飛んだことで、視界が晴れた少女の目が捉えたのは、闇を切り裂く光を従える一人の男だった。
「ヒ、ヅキ、様?」
その男を目にした少女は、安堵と共に大量の涙があふれてくる。その涙声に加え、叫びすぎて掠れて聞き取り辛い少女の声に反応した男は、顔を少女の方へと向けて微笑んだ。
「はい。マリアさん。ああ、少しお待ちください」
そう言うと、ヒヅキは背嚢から素早く外套を取り出し、ほとんど用をなしていない腰布のようなモノだけを身に纏って倒れている、あられもない姿の少女へと、それを優しく掛ける。
少女に背嚢を掛けたところでヒヅキは顔を上げると、自力で傭兵を横にどけた男へと目を向けた。
「いやはや、いつぶりでしょうね」
「お前ら! 何をしている! 早くアイツを始末しろ!!!」
男はヒヅキを指差すと、周囲に居る全ての傭兵に怒鳴り散らす。
「多少とはいえ、ここまで不快になるのは」
男の怒声より早く、傭兵達は既に武器を手に戦闘体勢を取っていた。流石に腐っても冒険者、という事なのだろう。しかし。
「ああ、遅い」
男の怒号に傭兵達が動き出そうとした時には、全てが終わっていた。
「な! 何が起こった!!」
全ての傭兵の手足が切断され、そこら中に胴に頭が付いているだけの傭兵が転がる。それは、男が横に投げた傭兵も同じだった。しかし、そこまでして何故か傭兵達に出血はみられない。
そんな中、唯一五体満足な肥えた男は、周囲を見回し半狂乱にそう叫んだ。
「簡単な事ですよ」
その男の耳元に、背後から刃物のように鋭い冷たさの籠る、囁く様な小さな声が届く。
「ヒッ!!」
「こうして」
男の右腕が切り落とされる。
「こうして」
男の左腕が切り落とされる。
「こうして」
背後から男の目の前に一瞬で移動したヒヅキは、輝きの無い目で男を見下ろしながら、男の右太腿に光の剣を突き立てた。
「あぁあああぁあぁああぁぁあああぁぁぁぁ!!!!!!!!」
音程の狂った叫びをあげながら、男は刺された右太腿を掴もうとする。しかし、その為の腕は既になく、頭と胴体を激しくくねらせ、左脚を駄々っ子の様にばたつかせる。
「そして、最後にこうしたんですよ」
ヒヅキは男の右脚を切り落とすと、そのままばたつかせている左脚も切り落とした。
「ああああ!!! 私の腕が!!!! 脚がああああああ!!!!!!!!」
狂乱して泣き叫ぶ男の腹を、ヒヅキは勢いよく踏みつける。
「ぐふぅ!!」
「騒々しいですね。自分が散々やってきた事でしょう?」
「わた、私が誰か、しら、知らないのかぁぁ!!」
涙を流しながら情けなく叫ぶ男に、ヒヅキは肩を竦める。
「さぁ? どなたですか?」
「私はカーディニア王国第二王子の――」
「そうですか。それで? たかが一国の王子程度がどうかされたのですか? それにしても、貴方が第二王子でしたか……」
男の言葉に、ヒヅキの雰囲気は、より暗く冷たいモノへと変じていく。
最近、スキアだの魔物だの神だのと相手をしていたヒヅキにとって、たかだか一国の王子程度ではあまりにも小さすぎた。
それに、ヒヅキは第二王子の事をエインや市井の話で知っていたが、どれもろくなものではなかった。更には、現在はガーデン侵攻軍の指揮官の一人だと聞いていたので、ヒヅキにとっては個人的にも色々と敵であった。
「わた、私は次期国王なんだぞ!!」
「?」
男の言葉にヒヅキは不思議そうに首を傾げると、抱いた疑問を一つ問う。
「この国は死人が国王になれるのですか?」
「な、何を言っている!!!?」
流石に意味が解ったらしい男は、恐怖に頬をひきつらせ、声を震わせる。
「ま、直ぐに死ねたらいいですね」
そんな男に、ヒヅキはにこやかにそう告げた。