斜陽21
「……中々面倒なモノだな」
真夜中に私室でエインは、そう呟く。
「しかし、あの男は何処に居るのだろうか」
顎に手を置いたエインは、少しの間光石の明かりを漫然と眺める。
「……先にそちらを見つけられたらいいんだがな」
光石から、厚い布によって遮られた窓の方へと目を移したエインは、若干音量の大きい独り言を口にする。
エインがそう独り呟くと、部屋の中で何かが動いた微かな気配がした。
「……本当、ここからの景色は息苦しいな」
それを感じたエインは、光石に布を掛けて明かりを遮ると、どことなく泣いているような沈んだ声を出した。
◆
ガーデン南側に展開するガーデン侵攻軍よりも、更に南に広がる森の中。東西に広がる広大なその森の中を、かなりの速度で進む影が一つあった。
「…………ソヴァルシオンとガーデンの道程を思えば、この森の何処かか、未だにソヴァルシオンか」
その影は、何かを探すように周囲の様子を探りながら森を駆け回る。
しかし、狭くない森の中は、探し物をするには向いていない。
「こうも静かでありながら、何も聞こえませんか」
虫の声さえ僅かにしか聞こえてこないその静かな暗い森の様子に、その影は森の中には目的のモノはないと判断するべきかと逡巡しながら駆け巡っていた。そこに。
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!!!」
という、男の断末魔にも似た苦痛の叫びが届いた。
「向こうですか!!」
その叫び声に反応したその影は進路を変えると、どうやってか、森の中を器用に一直線に駆けていく。
叫び声が聞こえてきた辺りに影が近づいていくと、次第に他の声も混ざりだし、音が一層大きくなってきた。
「一体何が……?」
その尋常ではない騒ぎに、影は不審に思いながらも足を止めない。
そうすると、急に開けた一帯に出る。そこはどこかの村であった。
「こんな場所に村が……?」
影は、突然姿を現した記憶に無い村に困惑しつつも、秘かに村の中を移動していく。
(家の中に人の気配がない?)
警戒しつつも音のする方へ移動していく影は、道中に建つ家々から人の気配が感じられない事に眉を寄せる。
「ハハハハハ!! もっと私を楽しませろ! 家畜共!」
その一際大きな声に、影は大まかに事情を察する。
(ここに居ましたか、あの屑は)
その声がした場所に移動した影が、暗闇から目にしたその光景は、武装した集団に様々な種族が弄ばれている光景であった。
「…………」
ある者は手足を中心に剣で刺され、じわりじわりと殺さないように甚振られている。その隣では鞭で叩かれたり、打擲されたり、中には傷だらけで動かない者も大勢居た。
それだけではなく、そんな光景を見せつけるようにしながら、武装した男に犯されている女性の姿も多数確認出来る。
(あれが傭兵か……聞きしに勝る外道だな。そして)
影が目を向けた先には、一人の身なりのいい肥えた男が居た。その傍らには、胸の大きなエルフが上半身裸の状態で捕らえられている。そのエルフの胸は青黒い痣だらけで、痛々しい見た目をしていた。
「ハハハ。まさか、こんなところに、こんなおもちゃ箱があるとはな! たまには道に迷ってみるものだな!」
「そうでやすね」
男の傍に控えている傭兵が、品の無い声で男の言葉に追従する。
「この奇形の牛も実に面白いぞ! この醜く腫れあがった部分を強く握ってやれば」
「いたッ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 痛いです!!!」
「こら、暴れるな! 今すぐお前の家族もあそこに放り込んでやるぞ!」
「ッ!!」
男の言葉に、エルフの少女は涙を流しながらも、耐えるように歯を食いしばる。よく見れば、男の後方にエルフの男女が拘束されて転がっている。こちらも酷い傷だらけだ。
「ハハハ! 悲鳴だけはあげてもいいぞ? むしろもっと泣き叫べ!!」
男は愉快そうに笑う。それに唱和するように、周囲の傭兵も下卑た笑い声をあげる。
(…………)
その吐き気を催す光景に、影は衝動のままに飛び出したくなるも、それをぐっと堪える。影の目的は村人の救出ではなく、エルフの少女を捕らえている肥えた男を確実に殺すこと。それも、誰にも気づかれる事なく完遂しなければならないのだから。
それでも、村人達が玩弄される様子は見ていて気持ちのいい光景ではなく、影は機会を窺いながらも、血が滲むほどに強く拳を握って堪えていた。