斜陽20
「旦那様、御客様がいらっしゃいました」
「ん?」
夕食を終えて私室に下がっていたシロッカスの下にやってきたシンビの扉越しの言葉に、シロッカスはそんな予定が入っていただろうかと内心で首を傾げつつ、扉を開けた。
「こんな時間に誰かな? 確か予定は入っていなかったと思うが」
そう言いつつも、シンビがこうしてわざわざ呼びに来たという事は、それだけの相手なのだろうと、シロッカスは見当をつける。
「はい。ヒヅキさまで御座います」
シンビが告げてきた来客の名前に、シロッカスは驚きと喜びの混ざった表情を浮かべる。
「おぉ! 本当か!? 丁度いい時に来てくれるな!」
それからシロッカスは、シンビと共に応接室へ向かう。
「お久しぶりです。シロッカスさん。夜分遅くに申し訳ありません」
シロッカスが応接室に入ると、長椅子の前で立っていたヒヅキが、謝るように軽く頭を下げて挨拶をする。室内には、待たせている間にヒヅキの世話を任せていた使用人が一人いるだけで、他には誰も居なかった。
「久しぶりだね。ヒヅキ君ならいつでも一向に構わないよ」
機嫌よく声を出したシロッカスは、手振りでヒヅキに椅子を勧めて、向かいの席に腰掛ける。
「それで、遺跡の方はどうだったね?」
「色々興味深いものが多く、大変勉強になりました」
「そうか。それは良かった」
ヒヅキの言葉に、シロッカスは大きく頷いた。
「遺跡から戻ってきたばかりで申し訳ないが、ヒヅキ君はガーデンの現状をどこまで知っているかな?」
「ガーデンの現状ですか? 私は先程入国したばかりですので、あまり多くは」
申し訳なさそうにそう告げるヒヅキに、シロッカスは現在ガーデンが置かれている状況を伝える。
「なるほど。それで、そのガーデン侵攻軍というのが、今どこに居るのか判りますか?」
「ああ。それなら、ガーデン南にある森をこちら側に出てすぐの、草原と森の境界辺りだよ」
「すぐそこではないですか!?」
「そうなんだ。だが、何故かそこで陣を構えたまま動こうとしない」
「なるほど」
シロッカスの説明に、ヒヅキは少し考えるような素振りをみせた。
「……でしたら、少し様子を見てこようかと思うのですが」
「今からかい?」
「はい。こういうことは急いだ方がいいかと思いますので」
「そうだな……」
ヒヅキの言葉に頷いたシロッカスであったが、少し何か言いたそうな様子を見せる。
それをヒヅキは黙って待つと、直ぐにシロッカスが言葉を紡ぐ。
「その前に、アイリスに会っていってくれないか?」
「もう時間も遅いですが、よろしいのですか?」
「構わないよ。私は君の事を家族だと思っているからな! それはアイリスも同じさ。むしろ、今日来た事を知られたら、アイリスの機嫌を損ねてしまう」
シロッカスの冗談めかした口調に、ヒヅキは頷く。
「分かりました。それでは、アイリスさんにお会いしてから、南に様子を見に行く事とします。それで、私はどうすれば?」
ヒヅキの問いに、シロッカスはシンビへと目を向ける。
「畏まりました。少々御待ち下さい」
シロッカスとヒヅキの二人に頭を下げたシンビは、そのまま応接室を出ていく。
「アイリスが来るまで、もう少し待っていてくれ」
「はい」
「その間、そうだな……ガーデンを発ってからの話を聞かせてくれないか? 私もその間のガーデンでの出来事について話をするから」
「分かりました」
シロッカスの提案を受け入れたヒヅキは、ガーデンを発った後から最初の遺跡についてを、掻い摘んで話す。
それが終わると、シロッカスがその間のガーデンの様子や、自分達の話をしていく。
区切りがついたところで、今度はヒヅキが続きを話す。という風に、互いの近況報告と情報交換を行っていると、応接室の扉が叩かれ、扉越しに少女の声が聞こえてくる。
それにシロッカスが応えると、「失礼します」 という少女の声と共に、いつもよりも僅かに勢いのついた速度で扉が開かれ、アイリスが室内に入ってきた。