斜陽16
「母上!」
「あら? これは私の愛しいゴリオンじゃないの。どうしたの?」
王宮の廊下を歩いていて王妃に、第二王子が声を掛ける。
「何か良い事でもありましたか?」
「そう見える?」
「はい。とても機嫌がよさそうに見えます」
「そう」
第二王子の言葉に、王妃は少し驚いたように眉を持ち上げた。
「それは気を付けないといけないわね」
「それで、何があったのですか?」
第二王子の問いに、王妃は周囲に目を向ける。
「ふふ。少し思うように事が運べそうなだけよ」
「では!」
「ふふふ」
興奮したような第二王子の声に、王妃は楽しげに微笑む。
「それは、これからどうなるかによるわね」
王妃は確信のあるような声音でそう言うと、第二王子と共に国王の待つ部屋まで移動する。
◆
「ならぬ。それだけは許可できない」
国王は頭を横に振ると、頑として譲らぬ口調で王妃の言葉を拒絶する。
「しかし、もうそれしかありません!」
王妃は手に持つ報告書を掲げて国王に訴えるも、国王は手元の同じ報告書に目を落とした後に、冷淡な目を王妃に向けただけであった。
「スキアに踏み荒らされたカーディニア王国の再興の為にも、今が大事な時なのです! その為にも、王の下に国民が一致団結するべきなのです!」
「その為にガーデンを攻めると?」
「はい。残念ながら第三王女はガーデンを不当に占拠したまま明け渡す気はないようですし、既に自分を王に見立てているとも聞きます」
「それで? 仮に本当にそうだったとして、ガーデンの民は受け入れているのだろう?」
「逆らえないだけですわ! スキアを殲滅するような力を手元に置いているような人物に、どうして逆らえましょうか!!?」
王妃は胸を痛めているかのような悲痛な声で、必死に国王に訴える。
「もしそうだとしても、それはこちらにも言えよう?」
「と、仰いますと?」
「ガーデンを攻めた場合、その矛先はこちらに向く、という事だ」
「その時は冒険者が相手をします。我らはその間に反逆者を見事誅してみせましょう!」
「……反逆者、か。ふぅ」
国王は短く息を吐くと、王妃に冷めた目を向けて問う。
「その根拠は?」
「我らを殺そうとしたのが何よりの証拠!」
「エインがやった、という証拠はないが?」
「他に誰が居るのでしょうか!?」
「料理人や給仕などの使用人に、この中の誰か。可能性を挙げればきりがなかろう?」
「確かに可能性だけでしたらそれもあるでしょう。ですが、あの場に配していたのは私が信頼している者達です。唯一料理人だけは違いますが、そこをあの娘が衝いたのでしょう」
「毒見の者はどうする?」
「効果が出るのが遅い毒を使ったのではないでしょうか?」
「ふぅ。その理屈では、エイン以外にも可能ではないか」
国王は王妃へと何かを問うような目を向けるも、王妃はそれを気づかぬ振りをする。
「料理人は素性が確かな者達ばかりです。そんな者達に毒を盛らせるとしたら、それなりの地位の者でなければ不可能でしょう」
「……そこまでして攻めたいのか?」
「むしろ、何故王はそこまで庇われるので?」
「真実を知りたいからだよ」
「では、討つのではなく捕縛いたしましょう」
「…………」
「書状は既に送られました。しかし、明け渡す気はないという。では、他に手はないではないですか!」
「明け渡さぬとは書いていなかったが?」
「今すぐ明け渡さないというのであれば、同じ事です。それに、あれから随分と経ったというのに、犯人が分からないというのも悠長に過ぎるとは思いませんか?」
「……はぁ」
国王は頭を数度振ると、疲れたような声を出す。
「ならば勝手にするがいい」
「畏ま――」
「ただし!!」
王妃の返答の前に、国王は強い口調で言葉を紡ぐ。
「私は出陣せんし、私の旗を掲げることは許さぬ」
「……それでは、最早ただの私闘ではございませんか!」
「そう言ったのだ。今回私がガーデンを攻めるような事は無い」
「それは……」
「陛下が出陣なさらぬ以上、私もここに残りますので」
言い淀んだ王妃へと、第一王子がそう発言する。それに王妃が目を向けたところで。
「では、私が母上に助力すると致しましょう!」
第二王子がそう言って間に入る。
「そうか……では、ガーデンを攻めたいのであれば、二人で攻めるがよい。それに関して私は関知しないでおくのでな」
何か言いたげにする王妃ではあったが、口を閉じると、頭を下げて第二王子を連れて退室した。
「はぁ」
王妃達が出ていき扉が閉まると、国王は大きなため息と共に困ったように目元を覆った。




