斜陽15
「なるほど」
ガーデンより戻った老執事の話を聞いた国王は、重々しく頷いた。それと共に、持参したエインの書状にも目を通していく。
内容は身の潔白を明らかにしようとする弁明だが、それを読んだ国王は少し妙だと感じた。しかし、どこが引っかかっているのかが分からず、難しい顔をする。
少なくとも、書状の内容は老執事の話と合致する。文末に在るのが、自署ではなく印章なのが多少気にはなったが、それは些細な問題だろう。
「確かにエインはそう言ったのか?」
「はい。そう仰ってました」
「ふむ」
国王は難しい顔のまま老執事に目を向ける。親書を持たせた時と何処となく雰囲気が変わったような気がするが、それよりも。
「犯人は不明、か」
エインの書状に書かれている文字を口に出すと、国王は蓄えている顎髭に手を持っていき、困ったように撫でる。
「はい。王妃様と第二王子殿下が犯人ではなかったのは喜ばしい事かと」
「ああ。だが、これでは犯人が分からぬ。それも困るな」
国王が考えるようにそう口にすると、老執事が重々しく口を開く。
「……どなたかが嘘をつかれている可能性もありましょう」
「そうだが、そうなれば、全員が真の事を口にしている可能性だってあろう?」
「はい」
「他にこの件で何か言っていなかったか?」
「いえ、何も」
「それでは何か気づいた事はないか?」
「そうで御座いますね」
老執事は考え込むように顎に手を置き、少し俯く。
「会談は非公式であった為に執務室で行われましたが、特には」
「ふむ。それで、犯人が見つかるまではガーデンに移らない方がいいと」
「はい。現在も犯人を捜索されている様でした」
「なるほど……それで、例の騎士については?」
「御教え願えませんでした」
「そうか」
「ですが」
「ん?」
「現在はガーデンには居ない様子でした」
「居ない?」
「はい。何故不在なのかまではわかりませんでしたが」
「そうか」
国王は考えるが、それには情報が足りなかった。しかし、今の状況で最大戦力であろう者を何処に向かわせるというのか。
「他国が攻めてきているという話は聞いておらぬな?」
「はい」
では、何故なのか。スキアはガーデン周辺には居ないという報告は、国王の下にも届いていた。
「分からんな」
国王は頭を振ると、老執事の労を労い、適当な用事を頼んで一旦下がらせた。
老執事は恭しく頭を下げると、部屋を出ていく。
「ふぅ」
老執事が出ていき一人になった国王は、疲れた息を吐きながら、エインからの手紙に目を向ける。
「……これは本物なのだろうか?」
もう一度手紙に書かれている内容に目を通した国王は、首を捻り、再度上から下へと目を動かす。
「これが偽造であった場合は……」
その場合、国王に書状とその内容通りの説明行った老執事が怪しくなってくるが、国王は先程まで目の前に居た最も信頼している男の姿を思い出し、そんなはずはないと頭を振る。
しかし、そこで目についた、ある文字の書き方に何かを思い出した国王は席を立ち、一部の執務に必要そうな書状が保管されている箱を開ける。
箱の中を探し、そこから2通の書状を取り出すと、再び席に戻り腰掛けた。
「勘違いであってほしいものだ」
願うように呟いた国王は、取り出した2通の書状を開き、老執事が持ってきたエインの手紙と見比べる。
「…………なんということか」
その1通には、老執事が持ってきたエインの手紙に書かれていた文字と同じような書き方で同じ文字が書かれ、もう1通とは、その文字以外の筆跡が似ていた。
「なんということか、まさかあれがここまでやるとは」
その1通、同じような書き方をしている書状を書いたのは王妃で、そして、全体的には似ているが、一部の文字だけが違う書状は、かつて本物のエインが書いた書状であった。
「お前まで私を謀るのか……」
その事実に、国王は老執事対して怒りよりも落胆の方を強く滲ませる。
「こうなっては、次はどうするかだ」
国王は拳を強く握ると、大きく息を吐き出した。
「すまんなエイン。どうやらお前には、まだ苦労をかけてしまうようだ。これが終われば、この老王の手が届く範囲だが、出来得る限りそれに報いよう。だから、決して死ぬではないぞ」
ガーデンの方角へと顔を向けた国王は、己が無力を嘆きながら、祈るようにそう口にするのだった。