斜陽12
「エイン様。御会いしたいという方がいらしております」
「ん?」
ガーデン王宮の執務室でエインは机から顔を上げると、妙な事を告げてきた侍女のプリスに、怪訝な顔を向ける。
「私に会いたい? ここで直接か?」
「はい」
「……ふむ」
エインに拝謁願いたいという者は、これまでも居た。それもスキアを撃退してからというもの、その数は増すばかりであった。しかし、プリスが直接告げに来るというのは珍しく、また、エインはプリスの喋り方にどこか違和感を感じていた。
「……もしかして、ソヴァルシオンからの使者か?」
「はい」
エインの問いに、プリスは肯定の頷きを返す。
「……誰からだ?」
「国王陛下からかと」
「ふむ? 誰が来た?」
「老執事殿がいらっしゃいました」
「なるほど……という事は、会った方がいいのだろう。それで、近くまで連れてきているのだろう?」
「はい」
「ならば連れてこい。ここでいいのだろう?」
エインの言葉にプリスはお辞儀をして退室する。しかし、直ぐに一人の老紳士を連れて戻ってきた。
「久しいな」
エインは、プリスが連れてきた人物に親しげに声を掛けた。
「お久しゅう御座います。殿下」
老執事は、エインへと敬意を込めて深く頭を下げる。
「それで、貴方にわざわざ御足労頂けるとは、今回は何用かな?」
「こちらを」
そう言って老執事が懐から一通の封書を取り出すと、それをプリスが丁寧に受け取り、エインに渡す。
「ふむ」
封書を受け取ったエインは、裏返して封蝋を確認すると、その印璽に目を向けて押し頂いてから、丁寧に封を切って中に入っていた手紙を取り出し、上から目を通していく。
緊迫した静かな空気が場に流れるなか、手紙を読み終えたエインは、それを机に置く。
「……ふぅ。あの賊はそんな出任せを言っているのか」
「では?」
老執事は僅かに期待の籠った声をあげた。
「現在王妃と第二王子と呼ばれている賊どもは、私を殺した後に、黒き太陽を使用してガーデンにスキアを呼び寄せ襲わせることで、証拠隠滅を謀ろうとしたのだよ」
「それは真ですか!?」
老執事の驚愕の言葉に、エインはどことなく皮肉げな笑みを浮かべる。
「ならば、事の顛末を語って聞かせようか?」
「是非、御願い致します!」
即答する老執事にエインは小さく笑うと、あの日の惨劇を老執事に語り聞かせる。
それを複雑な表情で聞いていた老執事は、エインの話が終わっても、沈痛な面持ちで口を閉ざしていた。
「どうだ? 愉快な話だろう? 正直、今でも私はあの日の事を思い出すと、満足に眠る事も出来やしない」
肩を竦めるエインの様子からは、それは冗談のようにしか聞こえない。
「あ、あの……」
「ん?」
そんなエインの事など気にする事なく、老執事は恐る恐る問い掛ける。
「殿下が殺されたというのは、未遂だったという事ですよね?」
老執事の問いに、エインは大きく息を吐き出した。
「だったらどれだけよかった事か。あの女は毒だけではなく、ご丁寧にナイフまで私の心臓に突き立てていったんだ。それで生きてる方がおかしいだろう?」
「で、ですが、殿下はここに生きておられますが……」
老執事は、目の前のエインが本人であるのか少し自信が無くなっているようであった。
「ああ、その時に偶然とあるお守りを持っていてね、それが私の代わりに死んでくれたんだよ」
「意味が解りませんが。そんなお守りが存在するので?」
「気持ちは分かるが、存在したのだから、私はここでこうして生きているのだよ」
エインの言葉に、老執事は困惑する。
「気になるなら宰相にでもも訊いてみろ。あれも証人だ。というより、あれからお守りの詳細を聞いたのだからな」
「宰相殿が……分かりました。この後にお訪ねしてみます。それで、そのお守りは宰相殿から?」
「ん? 違うぞ」
「では?」
「そんな重大な事を簡単に教えると思うか?」
「いえ、申し訳ありません。出過ぎた質問でした」
「分かればいい」
老執事は深く頭を下げて謝罪する。
「それで、他に質問は?」
エインの言葉に老執事は僅かに思案すると、口を開いた。
「先程詳しく御聞かせ下さいましたので、後は宰相殿に――」
御聞きしますと続けようとしたところで、老執事は思い出して言葉を変える。
「では、最後に一つ御教えください」
「ん?」
「最近市井を騒がせている、忠義の騎士という者について御教え願えないでしょうか?」