斜陽6
「さて」
王妃に調査を命じて十数日が経過していた。国王は執務室で手元にある資料に目を通すと、思案げに声を出す。
その資料に書かれているのは、王妃の調査報告ではなく、取り急ぎ国王が手の者に命じて集めさせた、ソヴァルシオンの街中で語られている、現在のガーデンに関する噂話等であった。
「要領を得んな。魔法というモノに関しては知識不足ではあるが、話に出てくる忠義の騎士という者に心当たりが無いのだが」
国王はエイン周辺を中心に、記憶にある様々な者の顔を頭に思い浮かべていくも、該当しそうな者は誰も居ない。
「とりあえず報告待ちではあるが、さて、どんな報告が上がってくるのやら」
国王は思わず大きく息を吐き出してしまう。
「陛下、お疲れですか?」
それに執務の補佐をしていた、老齢の執事が心配して声を掛けてくる。
「いや、すまぬ。ただ、色々考えることが多いな、と思ってな」
「なるほど。確かに。ガーデンに戻るにしても、まずはあの日何があったのかを解明しなければなりませんからね」
この老齢の執事が国王の傍に控えるようになって、数十年が経とうとしていた。それこそ、国王がまだ小さい頃からの付き合いである。それ故に、国王は余人の居ない場所に限り、この老執事に意見を言う事を許可するまで信用していた。
「ああ。だが、妻の言は信用性に欠ける」
「……失礼ながら、王妃様と第二王子殿下の証言は偽りかと」
「だろうな。あのエインがこんなくだらない失敗を犯すとは思えん。それに昔ならいざ知らず、今のあの堅苦しいのを嫌う娘が、王の席を望むとも考えられんしな。幾度斥けても、王位継承権の破棄を申し出てきているような娘が」
「はい」
「ならば、何故あのような嘘をつく?」
「…………逆なのでは御座いませんか?」
「逆?」
「陛下の御命を狙ったのは、第三王女殿下ではなく、王妃様と第二王子殿下の方なのでは、と」
「まさか……そんなことは……ない、と思うが」
「そうで御座いましょうか?」
老執事の言葉に、国王は鋭い目を向ける。
「どういう意味だ?」
しかし、そんな国王の視線を老執事は気にした風もなく、言葉を続ける。
「王妃様は大層我が子を可愛がられております。中でも第二王子殿下の事は特に」
「うむ。そういう面もあるな」
「そして第二王子殿下は、権力への欲求が強い方」
「……そうだな。それがあれの欠点だ」
「ならば、もしその第二王子殿下が、王妃様に泣きついたとしたら」
「私を殺すと?」
「陛下まだ王太子をお決めになられておりません。それ故に野心の火が消えぬのでしょう。それに、陛下に第一王子殿下、第三王女殿下を一遍に亡き者に出来れば、王位は自ずと第二王子殿下の手元に転がってきましょう」
「…………確かにそうなるが、しかしそんな事が」
「では、もう一つの可能性を」
「もう一つの可能性?」
「はい。もしかしましたら、王妃様と第二王子殿下は、第三王女殿下のみを暗殺されようとしたのでは? そして、陛下と第一王子殿下は眠らせ連れ去った」
「何故エインだけを?」
老執事の説明に、国王は怪訝そうに眉根を寄せた。
「それは、王妃様が我が子を、我が子のみを愛されているからではないかと」
「だからといってそんな」
動揺する国王に、老執事は落ち着かせるような穏やかな声音で続ける。
「率直に申し上げまして、第三王女殿下は人望が在り、才が在る。そんな存在は王妃様にとっても、第二王子殿下にとっても目障りでしかなかったのでしょう。もしかしたら、第一王子殿下も加担されている可能性もあるかと」
「それは……ないと思いたいな」
「はい。私もです」
「とりあえず、エインに話を聞かねばならないな」
「はい」
「……頼めるか? こればかりは他の者には頼めない」
そう言うと、国王は懐から封書を取り出す。
「承りました」
老執事はそれを、恭しく受け取った。
「すまんな。いつも迷惑を掛ける」
そんな老執事に、国王は心底申し訳なさそうに、そう口にしたのだった。