遺跡調査60
それからもヒヅキ達は、プリスに教えてもらった遺跡を巡っていく。
ガーデンを発ってからかなりの時間が経過したのだが、どうやらまだ兵士の配置は行われていないらしく、向かった先の遺跡ではまだ見かけてはいない。
しかし、あれからも獣人とは幾度か遭遇したり、何者かが先に入った痕跡は発見していた。
「さて、ここで最後だな」
そして、そんな遺跡調査も最後の遺跡となった。
そこはガーデン南西に在る鬱蒼とした森の中で、入り口が木と土に埋もれるようにして存在している。
何も知らなければ、まず見つけることは不可能であろうその遺跡の入り口の前で、ヒヅキは少し感慨深げに、そう口にした。結局、ガーデンを発った後、遺跡の調査と遺跡間の移動だけで、既に十ヵ月近くが経過していた。
そのまま最後の遺跡の中へと入っていく。
遺跡の中は相変わらず真っ暗だが、それは今まで通り光球を現出させることで何とかなった。しかし、今回の遺跡は湿気が凄く、壁も床も天井も全てが濡れている。
(湿気で息がしづらい)
何処までもまとわりつくような湿気に、ヒヅキは不快に顔を歪める。更には足場も悪く、岩の上には大量の小石が転がっていた。
入り口は坂になっており、その坂は場所によって少し体重を掛けると、雪崩のように土や石が崩れて滑り落ちていく。
そんな遺跡の中を、ヒヅキは慎重に足場を確認しながら歩いていく。その後ろを付いてくるウィンディーネは、変わらず軽い足取りであった。
「……ここは随分と天井が低いな」
入り口の坂の部分が終わると急に天井が低くなり、次第に立って移動できない程に低くなっていく。そこを前かがみになって進むと、今度はどんどんと温度が低くなってくる。
「視界が悪いな」
それに加えて、高い湿度の影響で遺跡内に霧が立ち込めてきて、視界を遮っていく。
「ここは本当に遺跡なんですか?」
ただの自然に出来た洞窟の様なその空間に、ヒヅキは後ろについてきているウィンディーネに問い掛ける。
「ここはただの空洞よ? 遺跡はこの先だもの」
「この先に在るんですか」
環境が悪く、入るだけで一苦労なこんな場所によく何かを造ろうと思ったものだと考えながらも、この湿度の中でも遺物は残っているものなのか、という考えもよぎる。
それから黙々と進み、足腰の疲労も限界に達しようかというところで、急に広い空間に出た。しかし、そこはかなり寒い環境で、床や壁が凍っている。他には天井からは、氷柱ではなく鍾乳石が伸びていて、床にはそこかしこに石筍も確認出来る。中には石柱まであった。
「この先に在るわよ」
ウィンディーネが指さした先に進むと、そこには立ったまま氷漬けにされたかのような、背の低い人間の様な氷像が建ち並んでいた。それも大量に。
「これは……?」
「かつてここに住んでいた者達よ」
「……この人達は何故凍っているので?」
その配置は、誰かが並べたというよりも、歩いていたら突然凍ったような印象を受けるものであった。
「……気まぐれかしら?」
「気まぐれ?」
ウィンディーネは少し考えるような間を置くと、そんな事を口にする。
「神の気まぐれ、かしら。まぁ怒りを買ったというよりも、退屈だったから凍らされたと言ったところかしら?」
「何を言って……」
それはよく分からない説明であった、それでいてあまりにも理不尽な理由でもあった。
「今の神はそういう存在なのよ。もう長いこと君臨しているけれど、倒せた者は誰も居ないわね」
「…………?」
ウィンディーネの話を聞いていたヒヅキの中で何かが反応した様な、もしくは何かが動いたような、小さな揺らぎが起きる。しかしそれは、静かな水面に起こった小さな波紋に過ぎず、直ぐに拡散し、霧散したのだった。