遺跡調査58
「いえ、存じ上げませんね」
それにヒヅキはそう返す。どこかで聞いたことがあるような気はするが、思い出せないので知らないも同然という事で嘘ではない。
「そうか」
ヒヅキの返答に、その人物は明らかに落胆した素振りをみせる。
「お知り合いの女性なのですか?」
「いや、直接の面識はないよ」
「そうですか」
そこで僅かな沈黙が訪れると、今頃になって、やっとウィンディーネが闇の中から出てきた。
「遅かったですね?」
「そうかしら? それよりも、新しいお客さん?」
わざとらしくとぼけたウィンディーネに、謎の人物は自己紹介を始める。
「諸事情により名前はありませんが、人を探して旅する者です」
「人を、ね」
「はい」
ボクはウィンディーネに、先程聞いたばかりの探し人の特徴を伝えた。
「へぇー。もう少し詳しい特徴はないのかしら? そんなどこかの文献に書かれていたようなモノではなくね」
「…………」
ウィンディーネの言葉に、謎の人物は沈黙する。
「まぁいいわ。その女性を見つけた時に覚えていたら伝えてあげましょう」
「……ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、謎の人物は「それでは」 と言って去っていった。
その背を見送ると、ヒヅキはウィンディーネ目を向ける。
「件の女性の事を知っていたので?」
「知らないわよ?」
「そうですか」
それだけの確認で、ヒヅキは来た道へと戻っていく。
「相変わらず素っ気ないわね」
その背にウィンディーネが声を掛ける。それにヒヅキは立ち止まると、肩越しにウィンディーネの方に顔を向ける。
「ウィンディーネに秘密が多いのは、今更ではないですか」
「そうね」
「それに、尋ねたところで答える気もないでしょう?」
「あら? それは分からないわよ?」
「そうですか」
ヒヅキは冷たくそう言い放つと、前を向いて歩みを再開させる。ヒヅキも一応気にはなるのだが、答える気が無い相手にわざわざ問うほどの興味は持てなかった。
教会を出ると、気配を探りながらゆっくり歩みを進める。先程の謎の人物がまだ先に居る気配があるので、出来るだけ距離を離そうという狙いがあった。
そんなヒヅキの後ろを、ウィンディーネが付いてくる。
(未だにこれは慣れないな)
ウィンディーネに背を向けている状況に、ヒヅキは気持ち悪さを感じて、内心で顔を歪める。信頼していない相手に背を向けるというのは、中々に度胸が必要な行為であった。それも蛮勇に近い覚悟が。
それでもヒヅキがウィンディーネと一緒に行動しているのは、ひとえにウィンディーネが勝手に付いてくるからに他ならない。その理不尽さに、ヒヅキは大声を上げたい気持ちを、奥歯を噛んでグッと堪えた。