遺跡調査43
「あら、久しぶりに見たわね。その紛い物」
ヒヅキが手のひらに置いた身代わり人形を、手首を動かして角度を変えながら調べていると、ウィンディーネが隣に屈んで手元を覗き込んでくる。
「これを知っているので? というか紛い物?」
「ええ、勿論よ。それが作られていた世界でも私は存在していたもの。それは模造品だけれど」
「そうなんですね。やはりこれは滅んだ世界の遺物なのですか……模造品でも今の時代では作られていないどころか忘れられているので、失われた技術ですね」
「そうね。でも、世界が滅んだから失伝した訳ではないわよ」
「え? 違うので?」
「ええ。それを作っていた一族は偏屈でね、その技法を知っているのは、当主と次期当主が確定した後継者のみで、それ以外は外部どころか親類縁者、親兄弟に至るまで秘密にしていたのよね」
「そう、なんですか」
ヒヅキは先程のウィンディーネが言った模倣品という言葉が頭に浮かぶも、まだ話は続いていたので、それを問うて話の腰を折ることはしなかった。
「まぁそんな訳で、作れる者の限られている人形の価値は上がったし、何代も上手く技術の伝承が行われていたのだけれどね。やっぱり、知っているのが二人だけとなると、何かが起こっては簡単に失われるという訳で」
「何があったので?」
「技法を受け継ぐその二人はね、何か起きては困ると、技術を伝え終えると一緒の場所には居なかったのだけれど、ある日当主が急死してしまい、その葬儀を執り行うのと、当主の引継ぎなどで十数年ぶりぐらいの再開を果たしたのよ。だけれど、折悪しくその地域で流行り病が蔓延してしまい、それであっさり新たな当主も逝ったという訳よ」
「……なるほど」
「でも、一応その病で亡くなった当主は、引継ぎ前から自分の後継を早々に定めていてね、完全に継承はされなかったものの、技法の根幹部分を含めた技術の一部は残ったのよ」
「そうなんですか?」
「だけれど……その後継者が若すぎた、というより継承と同じで教育が中途半端だったみたいでね、ある日その半端な技術が流出してしまうのよ」
「なるほど。誰かに話したので?」
「そうね。口車に乗せられたとでもいえばいいのかしら、秘密に対する意識が先代達ほどではなかったみたいなのよね」
「それで『これ』 ですか」
ヒヅキは手元の身代わり人形に目を向ける。
「ええ。なんとも半端な技術で作られた模造品ね。それでも技法の根幹部分が一応使われているせいで、形だけにはなってしまった品ね」
「これにはどんな効果が?」
「そうね……精々が浅い切り傷ぐらいまでなら一度治せるぐらいかしら?」
「そうなんですか」
「だから、一撃で許容量以上の重傷を負わされれば効果が無いのよ。というか、ヒヅキはそれを知っているのね」
「前に似たモノを持っていたので、少し調べまして」
「なるほどね。それはどんな人形だったの?」
「死の身代わりになってくれる人形です」
「あら、本物の方を持っていたのね」
ヒヅキの言葉に、ウィンディーネは驚いた表情を見せる。
「もうありませんがね」
「あら、ヒヅキは一度死んだの?」
「いえ。とある方に差し上げました。そして、その方が一度死にました」
「あら、それは勿体ない事をしたわね」
「人形の役目を果たせたという事ですから、良かったと思いますよ」
「そういう考え方もあるわね」
そう言うと、ウィンディーネは口元に手を当てて面白そうに笑った。
「ウィンディーネはこの人形の作り方を知らないのですか?」
「知っているし、作れるわよ。教えないし、作らないけれど」
「そうですか」
「でも、ヒヅキになら考えてあげるわ」
「……それは、光栄ですね」
それだけ返すと、ヒヅキは調べるの終えて立ち上がった。