遺跡調査39
小箱を仕舞ったヒヅキは、一度背中のウィンディーネの位置を丁重に調整すると、来た道を戻ることにするが、ウィンディーネを支える為に両手を使っているので、手の近くで現出させている光球が使い難かった。
かといって光球を現出しないと暗闇に包まれてしまうので、ヒヅキはどうにか空中に光球を現出できないかと試行してみる。すると。
(意外と簡単に出来るものだな)
その試みは、一発目であっさりと成功する。しかし、その状態で光球の大きさや明るさの調整は可能でも、残念ながら光の剣へと変化させることは出来なかった。
それでも光源としては十分に機能するので、ヒヅキは気にせず地上を目指して移動を始める。魔物を含めた遺跡内でヒヅキ達の前に立ちはだかるような存在は行きで排除済みなうえに、穢れが祓われた事で新たに魔物が生まれる心配も無いので、光の剣は必要そうもなかったが。
それから黙々と進み、ヒヅキは棺があった一階部分まで戻ってきた。
その道中、ウィンディーネはヒヅキに身体を預けたまま一言もしゃべることはなかったが、そこまで到着したところで。
「あら、開いているわね」
その声にヒヅキが目を下に向けると、行きでは閉まっていたはずの棺のふたが僅かに開いていた。
「そうですね」
それに、どうしようかとヒヅキが逡巡したところで。
「中を確認したらどうかしら? ここまで上ってくれば私は大丈夫だから」
そう言って軽く身動ぎしたウィンディーネを、ヒヅキは腰を落として丁寧に背中から降ろした。
ウィンディーネが背中から降りて自力で立つと、ヒヅキは背嚢を背中に戻してから立ち上がり、棺のふたに手を掛け力を入れるも、予想以上にふたは軽く、そのまま静かに横にどけてから、中へと目を向ける。
「…………何もありませんね」
棺の中は、真っ白な敷布が敷かれている以外には何も無かった。
「そうね、今は空ね」
「今は?」
ヒヅキは棺の中からウィンディーネへと目線を移す。
「ええ、今は」
「中身を知っていたので? それとも、これから中身が出現するとかですか?」
「いいえ。私は中身を知らないわよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ただ、予想がつく、というだけよ」
「予想ですか?」
「ええ。そもそもこの棺が開いたのは、おそらく下にあった穢れが消えたからでしょうし」
「なるほど」
「そして、ここには何かが入っていたような跡がある」
ウィンディーネがその細く美しい指で指し示した先には、棺の端の敷布に僅かに寄った皺があるだけだった。
「……元々あった可能性も在りますが」
「そうね。だからこれは私の予測に過ぎないわ」
「はぁ。それで中に何かが入っていたとして、誰が何を持っていったのでしょうか?」
穢れが祓われた後、ヒヅキが地下から上がってくるまでにはそれなりに時間を要した。それこそ、この場を漁るには十分なほどに。ただし、そんなに都合よく誰かが来るものだろうか? という疑問があった。可能性としては全くない訳ではないが、限りなく低い。
そんなヒヅキの疑問が籠った問いに、ウィンディーネは、そんなの簡単だと言わんばかりに軽い口調で答えた。
「そんなの、中に何者かが眠っていたら解決じゃない」