遺跡調査38
脱力したウィンディーネを抱えながら、ヒヅキは小箱から嫌な感じが無くなったのを感じ取り、穢れが祓われたのだと理解する。そのまま周囲に目を向けると、淀み重かった周囲のあの空気はすっかり無くなっていた。
「ふふ、どうかしら」
そんなヒヅキに気がついたのだろう、ウィンディーネは力なく笑う。
「これは、凄いものですね」
その結果に、ヒヅキは素直に称賛する。
「まぁ、もう動けないけれどもね。ヒヅキの生命力も吸いすぎちゃったし」
ウィンディーネは、おどけたようにそう口にする。
「……では、負ぶいますよ」
「あら、これでも私は立派な大人よ?」
「…………」
空元気ながら、見上げて戯れるウィンディーネを、ヒヅキは冷たく見下ろす。
「冗談よ。そうしてくれると有難いわ」
困ったように肩を竦めたウィンディーネを一度床に降ろすと、ヒヅキは背嚢を前に回して、ウィンディーネの前で屈んで迷いなく背を向ける。
「どうぞ」
「あら、わざわざありがとう」
肩越しにそう告げたヒヅキに、ウィンディーネは礼を言って、緩慢な動きでヒヅキの背に乗った。
ウィンディーネが自分の背にしっかりと乗ったのを確認すると、ヒヅキはウィンディーネの足を持って支えながら立ち上がり、ウィンディーネが落ちないように身体を少し前に傾けて安定させてから、片手で小箱のふたを開ける。
「鍵は掛かってないんですね」
簡単に開いた小箱にそう感想を漏らしつつ中を見ると、そこには水晶の欠片が幾つか入っていた。
「ふふ。ヒヅキは躊躇わないのね」
「?」
耳元のウィンディーネの楽しげな声に、ヒヅキはどういう意味かと目だけを動かす。
「だってそれ、さっきまで穢れていたのよ?」
「ああ」
ウィンディーネに指摘されて、やっとその事に思い至ったヒヅキは、そう小さく零す。
「ですが、もう穢れは祓われましたから」
「あら、私を信用してくれるのね」
「穢れが無くなったのはこちらでも確認しましたから」
「ふふ。そうね。そちらはそうね」
「…………」
「でも、私を背負ってるのはまた違うんじゃないかしら?」
「そうですね」
「ええ。今の弱った私でも、ここからなら簡単に貴方を殺せるわよ?」
「そうでしょうとも」
静かな殺意の籠ったウィンディーネの言葉に、ヒヅキは平然と頷く。
「ふふ。じゃあ何で私を背負ったのかしら?」
「質問の意味が分かりませんが?」
「ヒヅキが私を恐れている事ぐらいは気づいていたわよ。ずっとこちらを警戒して信用もしていなかったようだし」
「ええ、勿論。私は貴方という人物を知りませんので」
「ふふ。では、どうして私に無防備な背を向けた?」
「約束は守る主義ですから。ただそれだけです」
声音を鋭いモノへと変えたウィンディーネの問いに、ヒヅキはいつも通りにそう答えた。
「ふふ。そういう事にしておくわ」
意味ありげな笑みを漏らすと、ウィンディーネはヒヅキに体重を掛ける。
「じゃ、御言葉に甘えるとするわ」
そんなウィンディーネの声を聞きながら、ヒヅキは小箱のふたを閉めると、その小箱を腹部に回している背嚢の中に仕舞った。