遺跡調査37
ヒヅキが魔物を全て消滅させると、ウィンディーネが軽く手を叩きながら部屋に入ってくる。
「流石ねぇ、ヒヅキ。こんな場所でよく戦えるわ」
「……そうですね。事前に教えてくださってもよかったと思いますが」
「それではつまらないじゃない」
「…………」
しれっとそんな事を言うウィンディーネに、ヒヅキは半眼に目を開いく。
「さて、残るはこの奥のモノだけれど……」
ウィンディーネは部屋の奥へと珍しく真剣な目を向けた後、ヒヅキへと試すような目を向ける、
「どうしましょう? 見に行く?」
そんなウィンディーネに冷めた目を向けつつ、ヒヅキは数拍思案する間を置いて口を開いた。
「ええ。見に行きましょうか」
「そうね。まぁ……大丈夫でしょう」
ヒヅキを観察するように上から下まで目を向けると、ウィンディーネはそう呟いた。
二人はそこそこの広さがある部屋を歩いて奥へと辿り着くと、そこには壁の一部を掘った窪みに小さな箱が安置されていた。
「また濃密な穢れが入れられているわね」
呆れたようなウィンディーネのその言葉を聞かずとも、その小箱から漂う禍々しい気配に、ヒヅキは吐き気を覚えていた。それでいて精神を蝕まれるような、狂いそうな感覚も襲ってきている。
「この穢れは祓えますか?」
「そうね……不可能ではないわ。でも、私の力の大半を使うわね」
「使うとどうなるので?」
「動けなくなるわね。そして、ここでそうなっては消えるしかないわ」
「そうなんですか?」
「上の階で説明したけれど、私達は生き物から生命力を貰って生きているの。でも、ここには生命力をくれる生き物は居ないでしょう? だから、ここで力を使ったら補充が出来ずに消滅するでしょうね。まぁ、ヒヅキから多めに貰えるなら多少動くぐらいは出来るかもしれないけれど」
「……なるほど」
「それでどうする? 浄化、しましょうか?」
ヒヅキはウィンディーネの試すような問いへと答える前に質問を重ねる。
「地上に戻れば回復できるのですか?」
「ええ、そうね。命あるなら草や虫でも構わないもの。まぁ地面からは難しいけれど」
「何故です?」
「うーん、簡単に言えば管轄の違いかしら。それが出来るなら、ここでも問題ない訳だし」
「なるほど」
「それで、どうするの?」
「では、お願いします。穢れを祓い終わった後は、ウィンディーネを地上へと運ぶことをお約束しますので」
「……ふふ、それならいいわよ。ヒヅキを信じましょう」
ウィンディーネは怪しい笑みを浮かべると、小箱へと目を向ける。
「それでは、始めましょうか」
ウィンディーネが小箱に手をかざすと、小箱の中から溢れていた邪気とでも呼べる禍々しい気配が急速に抑えられていく。
「さて、そろそろきつくなってきたから、身体を支えておいてもらえるかしら?」
「分かりました」
その要請にヒヅキは頷くと、背後からウィンディーネの腰の辺りを掴む。
「これでいいですか?」
「そうね、これも悪くはないけれど、そうするなら抱きしめるようにしてほしいわね。そろそろ身体に力が入らなくなってきたのよ」
「分かりました」
ヒヅキはウィンディーネの背中に密着すると、腰に手をまわして抱きしめた。
「ええ、それでいいわ」
そう言うと、ヒヅキにもたれかかるように倒れるウィンディーネ。ヒヅキはそれをしっかりと支える。
「ふふ。ついでにヒヅキの生命力も貰うわね」
「ええ、どうぞ」
「ふふふ」
おかしそうにウィンディーネが笑うと、ヒヅキは急な脱力感に襲われる。
「ッ!」
「もうすぐだから耐えて頂戴ね」
「……ええ」
ヒヅキは脚に力を込め、歯を食い縛りながら頷く。そうでもしなければ、ウィンディーネを支えるどころか一緒に倒れてしまいそうであった。
それから何時間にも思える数分が経つと、とうとう小箱の穢れを祓い終えたウィンディーネは、完全に脱力してヒヅキに身体を預けた。