遺跡調査29
ヒヅキは水音が聞こえた反対側の壁際まで移動すると、その壁を確認する。
「ここは普通の岩がむき出しの壁なのか」
階上の通路のように壁画が描かれている訳ではない、ただの岩盤がむき出しの壁が目に入る。
周囲の壁を確認してみるも、どこも同じでただの岩の壁であった。
「床も特に変わったところは無し。天井は高くてよく分からないな」
とりあえず現状を確認したヒヅキは、壁伝いに部屋の様子を探ることにした。
突き当りの壁まで移動すると、一度戻って逆側の突き当りの壁まで移動する。
(ここは一辺が20メートルあるかどうかといったところか。次は向こう側だが……)
ヒヅキはまだ進んでいない方の暗闇に目を向ける。そちらからは止む事のない水音が同じ間隔で聞こえてきていた。
その水音の聞こえる方へと壁伝いに足を動かす。大体同じぐらいの距離で突き当りに辿り着く。
それから壁を伝って音が聞こえる場所に移動すると、そこには地面から突き出た岩の上部に、天井から雫が落ちてきていた。その水滴が長い時間かけて岩を削り、岩の上部に小さな水たまりを形成していったようだ。
ヒヅキは天井を見上げる。しかし高い天井の様子は、下からでは窺い知れない。その間にも天井から一滴、また一滴と水が滴り落ちてくる。
暫くその水を眺めていたヒヅキは、天井の岩盤から染み出てきたのだろうかと思い、その雫を受け止めてみようかと手を伸ばす。しかし、その手は途中で横から伸びてきた手によって掴まれてしまった。
「ふふ。ダメよ。その水に触れてはダメ」
ヒヅキが顔を向けると、ウィンディーネが意味深な笑みを浮かべて、蠱惑的な色っぽさを感じさせる声音でそれを制止する。
「この水は危険なのですか?」
「ええ。その水は穢れているわ」
「穢れている……」
その言葉を口にしながら、ヒヅキはその水が溜まっている部分に目を向ける。それは透き通ったただの水にしか見えない。
「?」
「ふふ。いいのよ。今は分からなくとも、ヒヅキならいつか分かるだろう日が訪れるでしょうし。だからこそ興味深いのよね」
そう言うと、ウィンディーネは観察するような目をヒヅキに向ける。
しかしヒヅキはそれを気にする事なく、穢れた水という言葉で、ふと旅に出る前に聞いた話を思い出していた。
「そういえば、私の育った場所の近くに竜神の泉と呼ばれている場所が在りまして、そこが穢れているという話を聞いたのですが、それとこれは何か関係があるのでしょうか?」
「竜神の泉?」
「はい。ここからずっと南に行った森の中です」
「うーん……それは人間の生息圏の終わり近くの森かしら?」
「多分そうです」
「それなら現象としては同じよ」
「どういう?」
「そこもここと同じで穢れたという事よ」
「穢れるとどうなるので?」
「そうね。ヒヅキ達人間では、これに触れたら間違いなく悶死するでしょうね」
「…………」
「でも、確かあの辺りには竜が住んでいたはずだけれども?」
「竜?」
「竜神の泉と呼ばれているのでしょう? ならば竜ぐらいは居るわよ。でも、多分ヒヅキが考えている竜ではないわね」
「どういう?」
「まぁヘビみたいなものよ」
「ヘビ……」
「でも、あの子が居て穢れたという事は……ねぇヒヅキ、その周辺では祟りは起きている?」
「祟り?」
「飢饉や干ばつ、伝染病などで大量の死者が出ていたか? ということよ」
「いえ……」
「そう。なら、あの子は堕ちてないという事ね」
「墜ちる?」
「私達のような神性持ちが神性を無くすことよ」
「…………?」
「そうね、少し長いけれど、ヒヅキには説明してあげましょう」
「ありがとうございます」
「さて、まずはどこから話すべきかしら」
ウィンディーネは人差し指を頬に当てると、それをトントンと頬に当てるように動かしながら考え始めた。