時を越えた旅人
―――昔、昔。遥か昔の話。一人の旅人が居ました。
その旅人は、息をするのも忘れるぐらいに美しい旅人でした。その旅人を欲した者は星の数より多かったが、ついぞその欲望を叶えられた者は現れませんでした。
その旅人に名前はありません。いえ、正確には名前があまりにも多すぎて、どれが本当の名前なのか、旅人自身も忘れてしまっていたのです。
世代を越え、時代を越えて、旅人は気が遠くなるほどに永く果てしない時間を掛けて幾度も世界を回りました。
旅人は人々に語りました、様々な世界の話を、とある名も無き英雄の話を。
旅人は一本の剣を佩いていました。
その剣は素朴なれど、それはそれは丁寧に造られた美しい剣でした。
しかし、その剣は少々異様な雰囲気を持つ剣でした。その異様さは妖しい魅力となって人の欲に働きかけるのか、時が止まるほどに美しい旅人よりも、その剣を欲した者の数の方が多いほどでした。
旅人は語ります。世界の終わりを。
旅人は語ります。世界の始まりを。
旅人は語ります。世界の成り立ちを。
旅人は語ります。世界の遍歴を。
旅人は語ります。とある英雄を。
旅人は語ります。終焉の刻を。
旅人は語ります。未来の話を。
旅人は語ります。時を越え、時代を越え、永久に、永久に、世界の行く末を静観しながら。
旅人は語り続けます。幾年月が過ぎようと、幾度世界が変わろうと、永久に永久に語り続けます。
なにせ、その美しき旅人は不死なのですから―――。