遺跡調査21
真横から聞こえてきたその声に、ヒヅキはゆっくりと首を動かし顔を向ける。
その表情に恐怖などの感情は一切みられない。感じた寒気も刹那の内に完全に押し潰していた。
「歩き疲れたので休憩をしていただけです」
顔を向けた先では、至近に女性の顔があった。吐息を感じるどころか、僅かでも顔を動かせばと口と口が触れ合いそうなほどの距離。指一本入るかどうかさえ疑わしいまでの近さだ。
その近さ故に、ヒヅキの目には女性の瞳しか映らない。それは相手も同じだろう。
「あら、気配だけではなく感情を隠すのも巧いなのね。私でも一瞬しか判らなかったわ」
超至近距離で女性は驚いたような声を上げる。ただ、どこか楽しそうだ。
「さぁ。何のお話しでしょうか?」
見つめ合いながら、それにヒヅキはにこやかな声でそう白を切る。
「まぁいいわ。それで、どうしてここに? ここに人間はいないわよ?」
「ええ。私の目的はこの森を抜けることですから」
「あら、商人には見えないのに、今の状況で何の用かしら?」
「旅人です。食料を探してまして、この森の先に人の住む場所はないかと思いまして」
「ふーん。まぁいいわ。そういう事なら私が食料を分けてあげましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ。久しぶりに楽しませてもらっているもの」
そう言うと、女性はヒヅキから顔を離してころころと楽しげに笑う。
「ああ、せっかくですから自己紹介をしましょう。私はウィンディーネ。精霊とも妖精とも言われ、たまに神として崇められたりもする存在よ。でも、実際は私は私でしかないのよ。種族らしい種族もない変わった存在の一つね。実体を持った自然現象とでも思ってもらえればいいわ」
「ご丁寧にありがとうございます。私はヒヅキです。ここからずっと南に言った場所で生まれ育った、ただの人間です」
「ヒヅキ、ね。覚えたわ! では行きましょう。近くに綺麗な湖が在るのよ」
そう言って立ち上がると、ウィンディーネはその場で一度くるりと回ってから、楽しげに身体を揺らしつつヒヅキの前を歩く。
「…………」
ヒヅキはウィンディーネに色々と思うところが在ったものの、今は大人しくその後をついて行く。
ウィンディーネと名乗った女性は、少し離れて見るとより美しかった。
それは前の遺跡にあった石像が路傍の石に思えてくるほどの美であり、まさしく神の芸術品といった言葉が似合う至高の美を持つ女性であった。おそらく年齢も性別も種族さえ超越して様々な存在を魅了してしまえるのだろうと思えるほどに。
しかし、そんな美も、ヒヅキには通用しなかった。ただ美しいと思いはするが、肉欲の様な邪欲の類いは一切湧き起らない。それよりも、その強さに対する警戒の方が遥かに強い。
(確実に俺より上か。同格は格上と思えとは、まさしく至言だな)
ヒヅキはそう警戒しながらも、ウィンディーネが友好的なので、それを表に出すようなへまはしない。それでも、何があっても対処できるように気だけは張っていた。