残酷な結末
村の周囲に展開している謎の一団の囲いを突破出来そうな気がするという直感のような感覚に賭けたヒヅキは、放たれた矢のような勢いで竹林から飛び出すと、一気に謎の一団に接近し、そのままの勢いで村を囲っている一番外側の部隊と部隊の間を駆け抜ける。
そこでやっとヒヅキの存在に気がついた謎の一団がにわかに騒がしくなるが、ヒヅキはそれを気にすることなく、ただひたすらに村へと向けて駆け抜ける。
「あいつらに構ってる暇はない、とにかく村の中に入ってしまわないと」
謎の一団の一部が既に侵入しているのだろう、カムヒの森から見えていた黒煙はその数と勢いを更に増していた。
ヒヅキは次々と村を囲う部隊の中を突っ切って、村との距離を一気に詰めていく。
「お父さんお母さん、それに村のみんな、無事でいて!」
そう祈るように願いながらも懸命に足を動かし、そのままヒヅキは捕まることなく囲いを突破してみせると、村の周囲を囲む背の低い塀を飛び越える。
「ッ!!」
塀を飛び越えた先に広がる村の光景は酷いものであった。
あちらこちらで家を炎が呑み込み黒煙をもうもうと立ち上げ、そこらじゅうに散乱している家具や農具なんかと一緒に、村人の死体がいくつも転がっていた。つい数時間前までの平和な光景との差に理解が追い付かないヒヅキだったが、
「うっ……なんで、こんな……」
漂う肉の焼け焦げる臭いや鉄の臭いが鼻につき、吐き気を感じて口を押さると、目の前の惨状が現実であると嫌でも理解させられる。それでも両親の安否が心配なヒヅキは砕けんばかりに強く歯を食い縛りながらおもいっきり目を瞑ると、覚悟を決めて目を見開く。それでも逸らしそうになる目を逸らさずに村人や村の様子を確認していく。
「お父さん、お母さん……」
ヒヅキは唇を噛みしめながらも一人一人遺体をしっかりと確認しつつ家があった場所を目指すが、そんな地獄を歩き回る兵士の存在が目に入ると、ヒヅキは見つからないようにと反射的に息を潜めて移動を開始する。
「人にエルフに獣人、魔族に鬼にドワーフか……他の異種族らしき存在も居るし、何なんだこの一団は!?」
村に入るまで必死だった為に気がつかなかったが、改めて視認出来る兵士の多種多様な外見に、この謎の一団が多種族による混成軍であることに気がついたヒヅキは、困惑の声をあげた。
「ここまでの数の種族が一緒になって動くなんて聞いたことないけど……でも今はそんなことはどうでもいいか」
隠れながらで移動速度は落ちはしたが、ヒヅキはやっとこさ自分の家があった辺りに到着する。
「ここも他と同じか……お父さんもお母さんは大丈夫かな……」
燃え上がる家や、道には様々なものが散乱している状態に嫌な予感を覚えたヒヅキは、無意識のうちに拳を強く握り締めていた。
そうして謎の一団の目をかい潜ってなんとか家までたどり着いたヒヅキは愕然とした。自宅は既に倒壊し、ほとんどが炭と化していた。
そして、その自宅の惨状から少し視線をずらした時、それはヒヅキの目に飛び込んだ。
最初、それは倒壊した家の炭化した木か何かの一部かと思った。しかし、それをはっきりと認識出来た時、ヒヅキの頭の中は真っ白になった。それは、寄りそうような位置でうつ伏せに倒れている両親だったからだ。
母親の方は背中に赤黒い染みを広げて地面の上にうつ伏せに倒れており、父親の方はよく見ると、胴と頭がほぼ分かれている状態だった。
「うそ……だ……」
ヒヅキはよろよろとおぼつかない足取りで二人の下に近寄ると、その背中に手を置き、茫然とした表情で二人の身体を交互に揺さぶった。
「お母さん起きてよ!お父さんもそんないつまでも寝てないで起きてよ!ねぇ!ねぇ!!ねぇ!!!」
それでも反応しない二人に、ヒヅキは次第に涙声になるが、それでも変わらず二人に呼び掛け続ける。
「ねぇ!お願いだから起きてよ!目を覚ましてよ!もっといい子になるから!もっと二人の言うこと聞くから!もっと!もっと……だから、…ねぇ……ねぇってば……」
二人の身体を揺すって必死に呼びかけているヒヅキの存在に気がついた謎の一団の兵士二人組は、抜き身の剣を握ったまま、ヒヅキの下へと歩いてくる。
「まだ居やがったのか!」
「おい、今度は俺に斬らせろよ!」
兵士二人は愉しそうに声を交わしながらヒヅキに近づくと、その内の一人がヒヅキの肩に手を置いた。
「おいガキ!こっち向きな!」
そう言って兵士の一人が力任せにヒヅキの肩を引いて無理矢理に自分たちの方へと顔を向けさせると、ヒヅキはどこか遠くを見つめているようなぼーっとした光のない虚ろな瞳を二人に向ける。
「ヘッ、壊れてやがる。まぁいいか、今楽にしてやるからよ!」
そう言うと、兵士は嬉しそうに口角を吊り上げながら手に持つ剣を振り上げると、それをそのままヒヅキに向けて降り下ろした。
その一連の動作を他人事のように見つめていたヒヅキだったが、自分に向けて降り下ろされるやけにゆっくりな剣を眺めていると、不意に怒りのようなどす黒いなにかが心の中から沸き上がるのを感じた。
その瞬間、先ほどまで光を失っていた目に、殺意の光が灯る。そして。
「ぐわっ!」
鎧が立てるガシャンという耳障りな大きな音に、横でヒヅキが斬られるのを今か今かと愉しそうに観ていた兵士はそちらへと顔を向ける。
「は?お前なに遊んでんだ?そんなことしてると俺が頂いちまうぞ?」
白けたような声を出すその男に、地面に倒れている男は動揺した声で警告する。
「ち、ちが!それより気をつけろ!このガキ、た、ただのガキじゃない!」
その必死の警告に、立っている男は倒れている男に憐れむようなあざ笑うようなどこか優しい笑みを向ける。
目の前で倒れているこの男は、先ほど油断して死に損ないのガキのタックルをモロに喰らって飛ばされただけではないか。恥ずかしいのは分かるが、あまりに見苦しい言い訳だ、と言わんばかりに。
しかし、その認識は誤りであった事を、立っている男は自身の命と引き換えに知ることになったのだった。