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宿屋にて

 カイルの村を出てから半日弱が過ぎ、太陽もすっかり空に昇ったころ、チーカイの町の大きくて立派な門が見えてくる。

「それにしても、チーカイの町の門がああも立派な門なのはガーディニア王国兵が近くに駐屯しているからなのかね?それとも国境に近いから?」

 つい最近小鬼の本拠地の粗雑な門を目にしたからか、ヒヅキは普段はたいして気にも留めてなかったチーカイの町の門が気になり、そんなちょっとした疑問が湧いてくる。

 そんな益体もないことを考えながら門に近づくと、武装したガーディニア王国兵に止められる。

「通行許可証は持っているか?」

 鋭い眼差しとともに掛けられた威圧感のある低い声に動じることなく、ヒヅキは慣れた手つきで準備していた通行許可証を差し出すとともに、言われる前にさっさと背負っていた荷物を差し出す。

 兵は一度ヒヅキを確認するような眼差しを向けると、その荷物を受け取り、隣に居た別の兵に渡す。

 荷物を受け取った兵はそのまま荷物を地面の上に置くと、こちらも慣れた手つきで荷物の中を確認する。

 その間、通行許可証を念入りに確認しながら、門兵はヒヅキに幾つかの質問をした。

 ヒヅキはそれに淀みなく次々と答えていく。

 質問の内容も、荷物や身元の確認の流れも、普段入る時と全く同じなだけに、兵もヒヅキもどこか事務的な感じであった。

 検問を待っている人も少なく、特に怪しいものも言動もなかっただけに検問は滞りなく進み、10分にも満たない程度の短い時間でチーカイの町へと入ることをゆるされると、ヒヅキは何事もなくチーカイの町へと足を踏み入れた。

「さてと、とりあえず宿屋に向かいますか」

 現在は早朝と呼ぶにはいささか遅い時間なだけに、通りを歩く住民の姿もチラホラと確認出来る。

「それでもやっぱり商人は早いな」

 時間が早いだけに掛け声は控えめではあるが、既に商品を並べて売っている商人の姿を横目に大通りを進み、中央広場の外れに宿を構える目的の宿屋へと向かう。

「少し早かっただろうか?」

 目的の宿屋に到着すると、今更ながらにそう思うも、とりあえず受け付けに居た宿屋の人に事情を説明すると、聞いていた借りているという部屋へと案内される。

 部屋の前に到着すると、宿屋の人は受付へと戻っていく。ヒヅキはその場で感謝を込めて一礼すると、その背中が見えなくなったのを確認してから、少し控えめに目的の部屋の扉を叩いた。

「………」

 中で人の動く気配を感じたヒヅキがしばらく部屋の前で待っていると、扉越しに誰何の声が掛けられる。

 それにヒヅキが答えると、静かに扉が開かれた。

「待っていたわ。いらっしゃい」

 そう言って、クリーム色の髪をした細身の女性が、艶やかな微笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 一瞬、その女性が誰なのか分からなかったヒヅキだったが、冒険者のメンバーを思い浮かべて、濃い茶色のフード付きのローブに身を包んでいた人物だと思い至る。確か、フードの隙間から見えた顔はこんな感じであったし、以前酒場であった時に見た記憶もある。

 ヒヅキは朝早くにすいませんと一言謝ると、促されるままに室内に入った。

 冒険者たちは四人部屋を五人で借りていて―――四人部屋を1部屋しか借りてないのは、宿泊時は小鬼の討伐依頼に冒険者たちが一気に押し寄せた影響で他に部屋の空きがなかったからで、現在は新たに借りるのが色々と面倒だから―――ヒヅキが室内に入ると、まだ寝ている者も居た。

 室内はベッド4つが壁際に2つずつ間隔を開けて置かれ、小さな椅子が2つ、ひとつだけある窓の側に置かれていた。

 ちなみに、足りないベッドの分は青髪の女性と桃茶色の髪の女性が同じベッドに寝ることで解決していた。推測だが、桃茶色の髪の女性も目の前のクリーム色の女性も細身ではあるが、青髪の女性が一際小柄だから一緒のベッドを使っているのだろう。

「ごめんなさいね、小鬼の討伐が終わって気が抜けたみたいで……」

 クリーム色の髪の女性は、未だに寝ている女性二人と赤髪の男性を見て、困ったように息を吐いた。

「いえ、朝早くに訪ねてしまった私が悪いのですから」

 ヒヅキが気にしてないというように首を振ると、クリーム色の髪の女性はホッとしたような表情を一瞬浮かべるが、すぐにハッとしたような表情になる。

「そういえば、まだ自己紹介がまだでしたわね」

 そういえばそうだったなと、ヒヅキも今更ながらにそれに思い至った。

「それでは改めまして。わたくしはギルド ソレイユラルム所属のルルラと申します。以後よろしくお願い致しますわ」

 妖艶な笑みとともに、ルルラは優雅に一礼してみせる。

「私はこの町の近くにあるカイルという村に住むヒヅキです。ソヴァルシオンまでお世話になります」

 ルルラにならって一礼するヒヅキに、

「あら、ソヴァルシオンまでだなんてさびしいことを仰るのね」

 ルルラは憂いを帯びた微笑みをヒヅキに向ける。それはとても艶やかではあったが、

「何分この辺りから外に出たことがないもので、ソヴァルシオンでは色々と調べたいと考えていまして。それに、そう長々とお世話になるのも心苦しいですから」

 ヒヅキはルルラの微笑みに僅かばかりも心動くことなくそう返すと、首を緩く左右に振った。

「そう?それは残念ですわね。でも、心苦しいなんて気を遣う必要はありませんわよ。ですから、気が向いた時にでも仰ってくだされば、色々お手伝い出来ると思いますわ。これでもソヴァルシオンの住民ですもの」

 残念そうにしながらも、ルルラはふわりと上品にヒヅキに微笑みかける。

「その時はお世話になります」

 それにヒヅキは感謝の念を込めてルルラに頭を下げた。

 そして、ヒヅキが頭を上げたそのタイミングでちょうど扉が開かれた。

「おや?お客人が到着していましたか」

 中に入って来たのは見上げるほどに大きな男性だった。

 男はその巨体に似合わず静かにヒヅキに近づくと、優しげに微笑んだ。

「わたしはソレイユラルムのガザンという者です。以後お見知りおきのほどを」

 ガザンはヒヅキに挨拶を済ませると、片手を差し出す。

 ヒヅキはそのゴツゴツした大きな手をチラリと見やると、

「わざわざありがとうございます。私はカイル村のヒヅキと申します」

 そう挨拶をしてからその手を掴んだ。

「せっかく遠路はるばる来てくださいましたのに、すみませんね………」

 ガザンはまだベッドの上でぐうぐうと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている冒険者仲間の姿に、心底申し訳なさそうな顔をする。

 ヒヅキはそれに手を振って気にしてないことを告げると、本題に入るべく、いつ頃ソヴァルシオンに帰るのかと質問した。

「そうですね、ヒヅキさんがいらしたので今日にでも発ちたいと思うのですが………」

 そこで言葉を切ると、ガザンはまだ気持ち良さそうに寝ている赤髪の男性の方を向く。

「一応リーダーに訊いてみないことには確実なことはお答え出来ませんね」

 そう言ってヒヅキの方へ顔を戻すと、申し訳なさそうに軽く首を左右に振った。それを見たヒヅキは、この人は苦労性なのかもしれないと密かに思ったのだった。

「そうですか………それでは少し時間を置いてからまた来ます」

 そう言って首肯して出ていこうとするヒヅキを、ガザンが慌てて呼び止めた。

「いえ、わざわざそんなことをされなくても、今起こせば済むことですから」

「起こしてしまうのは申し訳ないですから。それに、この町にはしばらく来れなさそうですからね、今のうちにチーカイの町を見て回りたいので。ではまた昼頃にでも窺わせていただきます」

 ガザンの申し出をそうやんわりと断ったヒヅキは、そのまま宿屋を一旦後にしたのだった。

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