スキア
ふと、知っているモノでも見方によっては顔を変えるという話を思い出したヒヅキは、夜道というものはそれの代表的なもののひとつなのかも知れないと、ぼんやりとそんなことを考えていた。そんな考えがヒヅキの頭の中に浮かんだのは、チーカイへの道すがら警戒のために辺りを見渡した時であった。
僅かな月明かりを頼りに歩く道はしんと静まりかえり、たまに虫の鳴き声やそよ風に揺らされた草木の葉擦れの音が響く以外には、自分の足音が微かに聞こえるだけであった。
ヒヅキ自身動物に関してはそこまで詳しくはないので断定は出来ないが、かつてはこの付近にも夜行性の動物というものが生息していたはずであったが、見渡した限りでは生き物の姿を捉えることは一度もなかった。
「夜は賊も休みなのかな?」
夜陰に紛れて……などと言うように、夜に行動する賊も居るには居るのだが、スキアの動きが活発になってきた昨今では、スキアが最も活発に行動するようになるという夜にわざわざ街や村などの外を行動する物好きは、善悪を問わずめっきり減ったという話であった。
「ここもいつまでこの平和が続くのかね……」
スキアと呼ばれる存在は、影がそのまま実体化したかのように、全身真っ黒な姿をしており、元々は特定の狭い地域に少数しか存在していなかったのだが、昨今ではその生息地域を急激に拡大していた。その理由は未だに不明だが、それにともない明らかにその数も激増していた。
「そもそもスキアとは何なのか、というところからして不明なんだもんな……」
全身が真っ黒という以外には大きさも姿形もバラバラなその存在とは有史以来の付き合いらしいが、どれだけ文献を漁ってみても、全くと言っていいほどにその存在の事は不明なままであった。
「この世界に何が起きているのやら」
スキアの生息域の拡大、それ自体は過去に幾度かの事例が存在していた。そして、その度に世界は何かしらの危機に陥ることが多かったらしい。
それでも、スキアの活動範囲が現在ほどに大規模になったことはないらしいが……。
ヒヅキの記憶している範囲でだが、世界の危機とスキアの生息域の拡大は必ずしもイコールではなく、その両者の規模もまた、比例する訳ではなかった。
それでも、もし規模と危機の度合いが比例するのだとしたら、今回はもしかしたら世界が滅びるかもしれないという考えに至り、ヒヅキの背中を僅かに冷たい汗が伝う。
「………ソヴァルシオンに着いたらスキアについても調べないとな。冒険者の街なら何か分かるかも知れないし」
そう思い直したヒヅキは、微かに差した希望の光に笑みを浮かべるものの、その笑みには若干の鋭さと欲が見受けられ、その笑みが希望などよりも、隠しきれない知識欲を刺激されての笑みだと言うことが窺えた。
「そうと決まれば早くソヴァルシオンに行きたいものだな」
チーカイの町に朝には着きそうな速さで進みながらも、更に歩みを速めようと逸る心を抑えるのに、ヒヅキは少し苦労したのだった。