祭り10
アイリスの揺るぎそうもない固い決意を感じ取ったヒヅキは、説得を諦める。
「それで、どうして枕を?」
故に話を変えようと、ヒヅキはアイリスが抱えるようにして手に持つ枕について問い掛けた。
「そ、そそそれは……今夜は一緒に寝させて頂きたく」
動揺しながらも、アイリスははっきりとそう口にする。
「……そうですね、では今宵は共に眠りましょうか」
少し考えたヒヅキは、もうすぐガーデンを去るからと、その申し出を受諾する。手を出すつもりは毛頭ないが、添い寝ぐらいは問題ないだろう。
「ほ、本当ですか!」
「ええ。この部屋のベッドは広いですから大丈夫でしょうし」
ヒヅキに宛がわれている部屋に置かれているベッドは、二人で寝ても余裕があるぐらいに大きなものであった。
「で、では、失礼します」
アイリスは更に緊張したぎこちない動きでベッドの脇に移動すると、持ってきていた枕をベッドの上に置き、そのままベッドに上がる。
置いた枕を抱きしめて、ちょこんとベッドの上に座るアイリスの可愛らしい姿に微笑むと、ヒヅキはベッド横の小さな棚の上に置かれている光石のランタンに布を被せる。アイリスが安心するようにと、元々被せていた厚い布ではなく、薄っすらとした明かりが部屋を照らすように、薄い布を被せた。
それが終わると、ヒヅキもベッドに上がる。
「ッ」
沈んだベッドにアイリスが息を呑む。
「では、寝ましょうか?」
しかし、元から手を出すつもりのないヒヅキは、安心させるような優しい声音でアイリスにそう語り掛ける。
「は、はい!」
上擦ったような声で返事をすると、アイリスはぎこちない動きで布団の中に入っていく。
ヒヅキも一緒に中に入ると、少し距離をあけて横に寝る。
「あ、あの! 少しお話ししませんか?」
「ええ、良いですよ。何の話をしましょうか?」
アイリスは緊張しながらも、ヒヅキの方に身体を向けて少し距離を詰めて話を始める。
話の内容は、最初の方は今日の祭りについてのあれやこれやであったが、次第にヒヅキと初めて出会った時の話から今までの話に移っていき、その頃にはアイリスの緊張もかなり解れていた。
アイリスとヒヅキは約一年一緒に居た為に、話す事は山の様にあった。
それこそ日付が変わる大分前に話始め、気づけば空が白みだしてもまだ尽きぬほどに色々と。本当に色々とあったのだ。話している内にヒヅキが去る事に実感が湧いてきたアイリスが涙ぐみはじめるほどに色々と。
話の途中で堪らず泣き出したアイリスに近づき、ヒヅキは申し訳ないとそっとその頭を優しく撫でる。それにアイリスはヒヅキの胸に顔を埋めると、声を殺して泣き続ける。
しかしそれでも留まるという選択はないヒヅキは、そんなアイリスを抱きしめるように背に手を置きながら、無言で優しく頭を撫で続ける事しか出来ないのであった。