祭り9
シロッカスとアイリスとの夕食を終え、湯に浸かったり着替えたりと寝る支度を終えたヒヅキは、暗い自室で窓を開けて外を眺めていた。
遠くからは賑やかな音が届き、夜だというのに祭りの会場になっている一帯は煌々と明かりが灯っている。
(あの辺りに住んでいる住民は大変だな)
その光景にヒヅキはそんな感想を抱くが、しょせんは他人事であった。
(明日は一人で回ってみるかな。そして明後日にはこの街を出るとするか)
最後にガーデンを見て回ろうと思い立ったヒヅキは、あと一日だけガーデンに滞在する事に決める。その後は北側の遺跡を巡る予定であった。
(遺跡でスキアについての手掛かりがあればいいんだが)
ヒヅキは祭りの光をぼんやりと目にしながら、その事について頭に浮かべる。
(スキアについて知れば、あの謎に声についても分かるのだろうか? それともこれはまた別口なのか?)
手元に小さな光球を出すと、ヒヅキはそれをジッと見詰める。
暫くそうした後、その光球を消して窓を閉めると、ベッドで横になった。
しかし、目を瞑れども中々寝付けずにいると、部屋の扉を叩く控えめな音が聞こえてくる。
「……はい?」
こんな夜更けに誰だろうかと不審に思いつつも、ヒヅキがそれに返事をすると、扉越しのか細い声で「アイリスです」 と言う返事が届く。
その声にヒヅキは、部屋に置かれている光石のランタンに被せてある布を取って部屋を明るくする。
「どうしましたか?」
ヒヅキが扉を開けると、そこには可愛らしい色の寝間着姿に枕を抱えたアイリスが立っていた。
「あ、あの! きょ、今日は一緒に寝ていただけませんか?」
顔を伏せながらも、ちらちらと上目遣いにヒヅキの様子を窺うアイリスを眺めながら少し考えたヒヅキは、何かあったのかと思い、とりあえずアイリスを部屋に入れた。
「あ、ありがとうございます!」
緊張しながらも、素直に部屋に入ってくるアイリス。
「それで、どうかしましたか?」
扉を閉めながらのヒヅキの問いに、アイリスはもじもじとしながら言葉を紡ぐ。
「ヒヅキさんはもうすぐで何処かに行ってしまわれるんですよね?」
「はい。その予定です」
「こ、ここに留まってはいただけませんか?」
「……すいません。私はやりたい事がありますので、それは出来ません」
「やりたい事というのが何か御伺いしても宜しいでしょうか?」
「そうですね、まずはスキアについて知りたいと思っています。それに私の魔法についても」
「ほ、他には?」
「ネックレスをとある人物に預けてまして、それを返してもらおうかと」
「ネックレスですか?」
「はい。母の形見なんです」
「! そ、それはすいません」
謝るアイリスに、ヒヅキは優しい笑みを向ける。
「構いませんよ。後はそれの回収ぐらいですかね」
「で、では! それが終わったらここにまた戻ってきて下さいませんか?」
「約束はできません」
「そうですか……ですが、全てが終わった後にまた訪ねてきてくださるのを、私はいつまでも御待ちしております!」
決意の籠った笑みを浮かべるアイリスに、ヒヅキは困ったような顔を向ける。しかし、それでアイリスの決意が変わるような事は無かった。




