旅立ち
翌日、ヒヅキは早朝から日課であった畑を耕していた。
チーカイの町まではヒヅキの足では少しゆっくりめに歩いたとして半日弱ぐらいは掛かるので、チーカイの町に朝か昼ごろに着くようにしたいヒヅキは、余裕をもってカイルの村を夜になってから出立する予定にしていた。
カイルの村での最後の畑仕事は、特に何かが起きることもなく、いつも通りにはじまり、いつも通りに終わりを迎えた。
畑仕事が終わり帰宅すると、いつもより少し早めに四人は夕食を摂った。
食卓に並んだ料理は、特別手の込んだ料理や豪勢な料理などではなく、普段通りの料理ではあったが、ヤトの料理は相変わらず美味しく、ヒヅキにとってはいつも通りというのが逆に嬉しかった。それは旅立ちがちょっとした遠出のようで、いつでも帰っておいでと言われているような気がしたからであった。
それから夕食を終えてしばらく歓談していると、外がすっかり暗くなっていて、気がつけば既に夜になっていた。
ヒヅキは前日から用意していた荷物を持つと、ヤッシュとヤトとアートの三人に見送られながら、チーカイの町へと出立した。
ヒヅキは、あの全てを失った日以来長年暮らしてきたカイルの村を出てしばらく歩くと、一度だけカイルの村を振り返り、月明かりに照らされて薄ぼんやりと闇夜に輪郭を浮かべるカイルの村の姿を視界に収める。
「……………あの日以来、俺には何もないと思っていたが、案外そうでもなかったようだ………」
僅かな間だけその光景を眺めていたヒヅキは視線を切ってチーカイの町へと向きを変えると、カイルの村を背にして、とうとう旅立ったのであった。