ガーデン防衛55
玄関先でプリスに、以前修繕すると言われたボロボロだった服を綺麗に修繕された状態で渡され、それでヒヅキは以前鍵を預かった事を思い出し、持ってきていた鍵を返した。
その後、挨拶のような簡単な言葉を交わしたヒヅキは、プリスに見送られて屋敷を後にする。
まだ早朝と言い表しても差支えない時間だとはいえ、ガーデンの道は人影が少ない。
それも、今ヒヅキが歩いているのはガーデンの大通りであった。
少し前であれば、夜中であろうと早朝であろうとそれなりの人を見かけたその大通りの廃れようは、現在のガーデンの様子を顕著に表しているようで、ヒヅキは庶民の気持ちが理解できた。この状況で王の逃走の噂が広まったというのは少々どころではない騒ぎだろう。
この廃れた状況が長い時間をかけて起きたのであればまだよかったのかもしれないし、王逃走の噂話がもう少し時間が経ってからならばまだ猶予はあったのだろう。しかし、人は急激な変化に敏感でそれを嫌う生き物であり、前よりも不自由な暮らしを強いられている状況では王家への不満が大きい事は容易に想像出来た。
(王家がスキアを招いた訳ではないのだがね。それに、スキアの侵攻は誰がやっても容易には防げなかっただろう)
スキアと直接対峙し、その強さを知っているヒヅキはそう考えるのだが、残念ながら庶民はそうは考えなかった。
(空気が重いものだ)
ヒヅキが通りを歩いていて感じる不穏な空気はまだ足元に少し流れている程度ではあるが、無視や軽視していいものではない。
(あと二日でしっかり調子を整えておかなければな。三日ならまだ問題は表面化しないだろう……例え誰かが煽ったとしても)
王妃と第二王子の話を聞いたヒヅキは、失敗した場合の対策ぐらいは講じているだろうと推察した。その一つに庶民を扇動する事ぐらいは当然含まれているだろう。そうすれば、残っている王族であるエインは庶民に吊るし上げられ、スキアへの対処が遅れてガーデンは潰される。
(我ながら杜撰な妄想だことで)
穴だらけで大雑把なその推測に、ヒヅキは内心で苦笑する。
街中で躊躇いなく黒き太陽を使うような相手なのだから、何かしらの次善策は講じているのだろうが、そもそもあの夜に行われた大量のスキアの襲来を、冒険者不在のガーデンが防げるはずがなかったのだ。
かつてエインはヒヅキに言っていた、自分の現在の力を正しく評価出来ている者は居ないと。
それならば、あまり表に出ていないヒヅキの事を王妃と第二王子側が知っていた可能性は低かった。
(さてさて、権謀術数や政治的な駆け引きとかは門外漢なんだがね)
ヒヅキは何処まで行っても庶民でしかない。本来は中央から遠い位置に居るはずの人物。それは立場的にも、地理的にも。
そんなヒヅキは、あまりそういった事には詳しくなかった。それでも、一つだけ解っている事があった。それは自分の立ち位置。
(華々しい舞台にはそれに相応しい人物が立てばいい。そこは俺が関わるべき場所ではない)
いや、それは理解しているというモノではなく、決めていると表現した方がいいのだろう。
ともかく、ヒヅキはただ自分の決めた立ち位置に見合った役割を獲得し、それを演じるだけであった。




