想い
カイルの村に到着したヒヅキは、すぐに家には帰らず、村の様子を見て回る。
空に浮かぶ太陽も大分傾き、もうすぐ夕暮れが訪れようとしている時刻。さわさわと草木を揺らす心地よい風を受けながら、ヒヅキは村の中央近くにある、少し開けた広場のような場所に来ていた。
ここは主に子どもたちの遊び場となっていて、案の定というか、夕闇が迫ってきているにも拘わらず、楽しそうな笑みを浮かべながら元気に走り回っている数人の子どもの姿が目に映る。そのまま周囲に視線を転ずると、他に帰り支度をはじめた子どもや、丁度帰るところの子どもの姿もちらほらと点在していた。
ヒヅキは広場の片隅に移動すると、その子どもたちを眩しいものでも見るかのように目を細めてしばらく眺めていた。
その子どもたちから少し離れた場所では、子どもたちを見守りながらも、村の内側に造られた畑を耕す大人の姿も存在していた。
しばらく子どもたちを眺めていたヒヅキは広場を後にすると、あえて民家の間を縫うように通り抜けながら、村を時間を掛けて一周した。それでも小さい村なだけに、空が完全に藍色に染まる前には家の前に到着していた。
ヒヅキがこの小さな村に暮らしはじめて約15年という月日が経過していた。それは、村のどこを見ても何かしらの懐かしい思い出が詰まっているということを意味していた。
そんな思い出の詰まった場所を離れることに、ヒヅキは少しだけ郷愁にも似た想いに襲われる。
「………はぁ」
しかしそれは瞬きするほどの一瞬の出来事で、すぐにどこかへといってしまった。そんな自分の心の動きに、ヒヅキはついつい諦念のようなため息を吐いてしまう。
「これだけは残念だな……」
あの日、復讐の虚無感を経験したヒヅキの心は壊れてしまったのか、あまり感情の波が起きなくなっていた。それでも完全に無感情になった訳ではないようで、瞬間的にではあるが感情の起伏は確かに存在していた。それが良いことなのかどうなのかは、今のヒヅキにとっては微妙なところではあったが。
そんな想いが頭をグルグルと巡りだしたのを断ち切るかのように、ヒヅキはもう一度小さく息を吐くと、家の扉に手を掛けたのだった