機会
カムヒの森からカイルの村へ帰る途中、ヒヅキは先ほどのことを思い浮かべていた。
最初、ヒヅキは桃茶色の髪の女性のソヴァルシオンに来ないかとの誘いに多少驚きはしたが、すぐに丁度いい機会だと思い直した。
幼いころに全てを失ったヒヅキは、その後はただひたすらに己を高めることを心掛けてきた。
それは強くなくてはまた何もかもを失ってしまうという強迫観念のようなものに突き動かされていただけなのかも知れなかったが、正直そんなことはヒヅキにはどうでもよかった。ただ、ひたすらに何かに打ち込めればそれでよかったのだ。
まずヒヅキは武術を学んだ。色々な人に師事したりもしたし、独学で修練したりもした。
それに並行するようにして、ヒヅキは知識の収集にも努めた。これはただ大量の本を読み漁るだけではなく、多種多様な人とも交流した。カイルの村は国境線近くに存在するために、幸いにも人以外の種族とも交流を持つことが出来た。
ヒヅキはあの日からの15年間をそうやって過ごしてきた。最初こそ茫然としていた時期もありはしたが、今ではそれもただただ懐かしい記憶になっていた。
だからだろうか、ヒヅキは桃茶色の髪の女性の提案を聞いた時、それに惹かれている自分に気がづいた。それと同時に、自分は外に出たがっていたということにも初めて気づいたのだった。
そういうこともあり、桃茶色の髪の女性の提案を承諾したのだが、簡単に承けなかったのは単純にもう子どもではないということなのだろう。
とにかく、ヒヅキは何と言われようと外に出ることを既に決めていた。ただ、根拠はないがヤッシュは許可してくれるという妙な確証があった。
そんなことを考えていると、気づけばカイルの村が見えてきていた。
「ここともお別れか……」
不意にヒヅキは足を止めると、カイルの村の姿を脳裏に焼きつけるかのように、しばしその場に立ち尽くしたまま、その光景を眺めていた。
「……よし、帰るか」
ヒヅキはひとつ息を吐き出すと、歩みを再開する。
それから数分ほどでカイルの村に到着したのだった。