ガーデン防衛42
ヒヅキが人通りの無い道で横になってしばらく時間が経ち、空が白みだした頃になってようやく上体を起こせるまでに回復する。
「ふぅ。座るのがここまで大変な事だったとは」
何とか上体を起こして項垂れるように道端に座ったヒヅキは、疲労から思わず息を吐いた。
それから重い身体を動かし周囲に目を向ける。そこは民家が建ち並ぶ場所ではあったが、今ではほとんどが家主不在の為に極端に人が少ない。それでいて現在ヒヅキが座り込んでいるのは、住民が使うだけの道で一般的な通りとは異なる為に、近くの道からは見えにくい場所であった。
ヒヅキは半ば尻を引き摺るようにして近くの家と家の間に入り込むと、民家の壁にもたれかかるようにして上体を傾けた。
(これで少しは楽かな?)
その姿勢のままぼんやりと世界を眺める。
(こうして無為に時間を過ごすなんていつ以来だろう?)
ヒヅキは少し思案して、思い出せずに苦笑する。
(いくら忘れようとしていたとはいえ、少々余裕が無い生き方をしていたかな?)
そんな自分を笑っていると、ヒヅキはふと思い出した。
(ああ、あの日以来か。彼女は無事なのかな? あの時の何もしない時間は、あれはあれで良かったかな)
昔エルフの国でボーっと過ごした時間を思い出し、ヒヅキは懐かしげな表情を浮かべる。それはヒヅキには珍しく、作ったモノではない表情であった。
(……ふぅ。魔力は帰宅するには支障がないほどに回復はしたが、それでも身体が思うように動かないな。せめて立てればいいが、脚の疲労が特に酷いな)
いくら身体強化を施していたとはいえ、冒険者の目でさえはっきりと捉えることが出来ない程の高速戦を行った代償は安くは無かった。それでも脚の故障だけというのは、一般の基準で考えれば安すぎる対価ではあるが。
(遅くなるじゃなくて、数日不在にするの方がよかったかな)
シロッカスへの言葉を思い出し、ヒヅキは自分の見通しの甘さに呆れる。
(ああ、なんか眠くなってきたな)
既に朝も大分過ぎ、明るくなった世界を目にしながら、ヒヅキは壁に寄りかかったまま眠りに落ちていった。
◆
「何? まだ見つからないのか?」
ヒヅキがスキアからガーデンを護った夜から丸一日が過ぎ、二度目の朝が訪れた。
王宮の執務室でプリスの報告を受けたエインは、深刻な表情を浮かべる。
あの日以来、ヒヅキはシロッカス邸に戻っていないばかりか、どれだけガーデン内を捜そうとも誰も見つけられずにいた。
「そのヒヅキ殿、ですか? はガーデンから去ったのでは?」
急激に増えたエインの仕事の補佐を務めているカレジが、とりあえず思い立った所見を述べる。
「それはない。彼は去るにしても必ず一言残していく」
しかし、エインはそのカレジの言葉を即座に否定する。
「では、先日のスキアとの戦闘でなにがしかの傷を負って動けないか、もう亡くなってしまっているかでしょうか」
顎に手を当てて考えると、カレジがその可能性を述べる。それにエインは一瞬鋭い目をカレジに向けた。
「例えそうだとしても、プリス達が見つけられない訳がない。故に、隠れていると考えた方が自然だろう」
「何故隠れているのでしょうか?」
「それは分からんよ」
カレジの疑問にエインは苛立ち混じりにそう返すと、プリスに引き続き捜索を継続するように命令して、執務に戻る。
「王達の仕事まで何故に私が!」
それはエイン以外の王族がガーデンには遠縁の者が数名残って居るだけだからなのだが、それをエインも重々承知していた。しかし、それでも王や第一王子達の仕事が一気に押し寄せ、それに加えて先日の事後処理も重なり、愚痴らずにはいられない量の仕事を一気に片づけなければならないのだ、手は動かしているのだから文句ぐらいは聞き流して欲しかった。
とはいえ、執務で忙殺されている間は他の不安材料に頭を悩まされずに済むというのは、皮肉以外の何物でもなかったが。