ガーデン防衛37
エインからの使者を見送った後、ヒヅキはシロッカスとアイリスと共にいつもより少しだけ遅い夕食を摂った。
夕食を終えて三人が歓談している途中、ヒヅキは南側へと顔を向けると、立ち上がりシロッカスとアイリスに頭を深く下げる。
「すいません。少し用事が出来てしまいましたので、私は先に失礼致します」
突然の事に驚きつつも、シロッカスはそれを受け入れた。
「ありがとうございます。それと、帰りは遅くなります」
それだけ伝えると、ヒヅキは走らないギリギリの速足で部屋を出ていく。
それを見送ったシロッカスは、暫く真剣な表情でヒヅキが出ていった扉に目を送る。
「いきなりどうしたのでしょうか?」
アイリスの言葉にシロッカスは顔を向けると、少しの間考えて首を横に振った。
「分からない。だが、彼の事だ――」
その言葉の途中で、南側から地を揺るがす程の大きな音が響く。
「きゃ!」
それに驚いた声を上げるアイリス。シロッカスも驚きつつも、シンビに指示を出す。
「これが何の音か確かめてくれ」
「畏まりました。直ぐに手配致します」
シロッカスに恭しく頭を下げたシンビは、足早に部屋を出ていった。
「何が起きているのでしょうか?」
「分からないが、いつでも逃げれるように準備だけはしておくように」
「はい……」
心配そうなアイリスに、シロッカスは安心させようと笑いかける。
「何、大丈夫さ。何があってもヒヅキ君がどうにかしてくれるから」
「……そうですわね」
そのシロッカスの言葉に、アイリスは笑顔を浮かべる。その笑顔にはまだ不安が混ざって入るものの、柔らかいいつもの笑みであった。それにシロッカスは小さく安堵の息を出すも、内心ではヒヅキに丸投げしてしまっている自分が情けなかった。
「それにしても、彼は何を察知したのだろうな」
ヒヅキが出ていく直前の動きを思い出し、シロッカスはそう漏らす。
「さて、シンビが戻ってくるには今少し掛かるだろうな」
シロッカスは準備の為にも場所を移そうかと考えるも、今はアイリスと一緒に居た方がいいかもしれないと思い直しそれを止める。そのまま食堂でシンビが戻ってくるのを大人しく待つ事にした。
それからアイリスと他愛のない話をしていると、シンビが戻ってくる。
「それで、どうだった?」
「どうやらスキアの大群が南門に攻めてきたようでございます。あの音は南側の第一の門が破られた音のようです」
「……それで、そのスキアはどうなっている?」
「ヒヅキさまと思われる人物がただ御一人で南門を死守されているとか」
「……冒険者不在は厳しいな。今のガーデンは彼に頼りきるしかない。それを今宵兵士達も理解出来ただろう」
スキアという存在を目の当たりにした事があるだけに、シロッカスはスキアが普通の人間が叶う相手ではないのを重々承知していた。それに、冒険者が使っている武器は魔法が掛けられた特殊なモノだ。中にはその場で付与出来る者も居るが、シロッカスはそういった事もしっかりと熟知していた。
だからこそ現状の厳しさ、王宮の愚かさに思うところがあった。そして、その王宮の愚行の尻拭いをさせられているのが、シロッカスが娘の婿にとも考える程に個人的に気に入っている青年だというのがより腹立たしかった。
「ヒヅキさんは大丈夫でしょうか?」
ただ心配する事しか出来ない事に胸を痛めながらも、話を聞いたアイリスは心の底からヒヅキの安否を気に掛ける。
「何かあれば戻ってくるさ。私達が逃げる時に護衛してくれると言っていただろう? 彼は約束を破るような人物ではないよ」
「……はい」
アイリスは頷くと、己の信じる神にヒヅキの無事を祈るのだった。




