ガーデン防衛33
「エイン様!!!」
驚く程に大きな声を上げてカレジの横を通り過ぎていく人物に、カレジは瞬間吐き気を催す臭いや凄惨な光景を忘れ、意外だという表情をその顔に浮かべる。
何故なら、エインの元へと駆けていったのが、およそ大声などとは無縁そうなプリスであったから。
「エイン様!! 何故……」
エインの様子を何度も何度も執拗に確認したプリスは、そう言ってその場にへたり込む。
それを目にしたカレジは、沸々と湧き上がる怒りにこぶしを固く握ると。
「こんなことをしてガーデンを……いや、この国をどうするつもりか!!」
吼えるようにこの場に居ないエインを殺害した犯人であろう王妃と第二王子に問い掛ける。
「……王と殿下はどうなされたのでしょうか?」
はぁはぁと荒ぶる呼吸を無理矢理抑えると、カレジは一度深く息を吸って長く吐いた。そうして落ち着いたカレジは、所在不明の残りの二人の安否を気に掛ける。
「…………」
しかし、そのカレジの疑問に答える者は誰も居ない。プリスはエインの横で人形の様に生気のない表情を俯けて座り込んだままだし、そのエインは死んでいる。
カレジはそんなプリスの反応を意外に思いつつも、昔のカーディニア王の姿を思い出し納得する。カレジも目の前で賢王と謳われたかつてのカーディニア王が同じように無残に殺されていたら、同じように心が死んでいたであろうから。
「…………」
エインの最期を見た訳ではないが、カレジはさぞ無念であったろうと想い、エインに死後の救いがある事を己の信じる神に祈る。
それが済むと、短刀が背中から心臓に突き刺さったままであるエインの姿が痛々しく思い、せめてもの弔いにとカレジはその短刀を引き抜いた。
その瞬間、何処かでパキリという小さな音が鳴り響く。それと同時に、エインの喉元の掻き切られた傷や、背中の何度も刃が突き立てられた傷が瞬く間に塞がっていき、まるで傷など始めから無かったかの様に傷痕が跡形も無く消えていた。更には青白かった肌色も、薄っすらと赤みが差してくる。これで室内を汚す大量の血液と鉄の臭いさえなければ、とてもエインが死んでいるなど誰も思わないことだろう。いや、正確には死んでいるではなく死んでいた、か。
「……ん……?」
「……エイン様!!!」
エインが呻くように小さく出したその声に、プリスは勢いよく頭を上げて立ち上がる。
「……プリス、か?」
「はい! プリスです!!」
まるで寝起きの様に曖昧な表情を浮かべ、不明瞭な声を出したエインに、プリスがはっきりとした声音で返事をする。
「私は確か……」
上体を起こして怠そうに椅子の背凭れに背中を預けたエインは、まだぼうっとする頭を手で押さえながら記憶を探る。
「……何故私は生きている?」
エインは切られたはずの喉元に手をそっと移動させて、恐る恐る擦るように動かした。
「……それに何故傷が無い」
背中の傷も手探りで確認したエインは、夢でも見ているかのような口調で呟く。
「それは分かりませんが、エイン様が生き返られて本当に良かったです!」
その言葉に泣きそうな雰囲気のプリスに目を向けたエインは、少しの間自分の状態や疑問などを忘れて慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべたのだった。