ガーデン防衛31
エインとヒヅキが一夜を共にした翌日の夜。
昼過ぎにシロッカス邸へと黒き太陽を持たせた使者を送ったエインは、王と王妃、第一王子と第二王子の四人と同じ食卓を囲んでいた。周囲には最低限の従者しか配されていない。
「…………」
何の気まぐれかとエインは密かに王と王妃の様子を窺う。王はただ静かに椅子に腰掛けているが、王妃は自分の子である第一王子と第二王子の二人と楽しそうに会話をしていた。
そもそもこんな事態になったのは、王からお達しがあったからであった。
曰く、「喫緊の事態に直面し、予期せず僅かに穏やかな時間を得る事が叶った為に、残っている家族で最後に食卓を囲みたい」 という事であった。
しかし、エインは知っていた。この裏に王妃と第二王子の影がある事を。
(何をしでかすつもりなのか)
エインは王子二人の様子も確認するが、王妃と楽しそうに語らっているだけで何か企んでいる様子はまだない。
程なくして食事が運ばれてくる。庶民に比べれば豪勢なモノではあるが、普段の王宮での食事に比べれば特別手が込んでいるというようなモノではなかった。
歓談と共に食事は穏やかに過ぎていく。王妃と王子二人の会話はただの世間話の類いではあったが、王とエインの短く交わした会話は、現状に対する所見や対策などの実務的なモノであった。その際、第一王子は王妃と第二王子との会話に形だけ参加しつつも、王とエインの話に耳を傾けていた。
そのまま何事も無く会食が終わるかと思われたが、突然王と第一王子が机に倒れるように突っ伏す。
「どうされ――っ!!」
それに立ち上がろうとしたエインではあったが、突然身体の力が抜け、王と第一王子の様に机に突っ伏した。
「はぁ。やっと効いてきたわね」
三人が動けなくなったのを確認した王妃はそう言って静かに立ち上がると、周囲の従者に指示を出して王と第一王子を何処かへと連れていった。
「さて」
それを見届けた王妃は、ぞっとするほどに冷たい目をエインに向ける。
「ごめんなさいね、貴女は連れていけないわ。代わりに、これを差し上げますわ」
そう言って、残っていた従者の一人に目を向ける。それを受けて、その従者は懐から一本の短刀を取り出した。
「貴女に生きていてもらっては困るのよ」
「何を、しているのか、分かって、いるのですか?」
「あら、まだ喋れたとは驚きだわ」
弱弱しい声ながらもエインが発した言葉に、王妃は驚いたように少しだけ目を見開く。その間に自分の背後に移動する使用人を目で追いながら、エインは悔しそうに奥歯を噛む。
「何をしているか、だったわね。貴女の最期の質問に答えてあげましょう。分かってるわよ。私は家族を安全な場所へ避難させてから体勢を立て直すのよ」
「そんな事」
「出来るわよ。冒険者程度の扱いぐらいは心得ているわ」
嘲笑うようにそう言うと、王妃は顎を動かし、エインの背後に立った使用人に指示を出す。その指示を受けた使用人は。エインの首に冷たい刃を近づける。そして。
「申し訳ありません」
そう小さく呟いた使用人はエインの頭を少し持ち上げると、喉元に刃を当て、それを勢いよく引いた。それにより盛大に血を噴き出して急速に血色を失っていくエインであったが、使用人は更に執念深くその刃を背中から胸元に数度突き立てた。
「さ、行くわよ」
首から大量の血を噴き出し、一本の刃を背中に生やしたエインが確実に死んだのを確認した王妃は満足げに小さく笑うと、いい気味だと言わんばかりの卑しい笑みを浮かべている第二王子と共に退出する。
部屋を出た王妃は、廊下を歩きながら懐から取り出した黒き太陽に目を落とし、無感情に呟いた。
「後はこれを使うだけね」