ガーデン防衛29
ヒヅキが顔を向けた先では、侍女が身体ごとヒヅキの方へと向いていた。
「有難う御座います」
ヒヅキが顔を向けたのを確認した侍女は、急に感謝の言葉を告げてくる。
「何がでしょうか?」
「エイン様の事で御座います」
「……何の事でしょうか?」
「ヒヅキ様のおかげでエイン様は救われたと思います」
「意味が分かりませんが?」
ヒヅキは侍女に向けて意味が分からないと眉を動かす。
「それで構いません。ですが、感謝しています」
「はぁ……まぁそれでいいというのであれば深くは訊きませんが」
「御心遣い痛み入ります」
「しかし、いいので?」
「何がでしょう?」
「貴女まで私について行くことになっていますが」
「それにつきましては、全く以って問題御座いません。それはエイン様が御決めになられた事……いえ、これは私の意思かもしれませんので」
「?」
「そう言えば、これから私の主となられるかもしれない御方に自己紹介がまだでした。こんな格好で申し訳ありませんが、私はプリスと申します」
横になりながらも器用にお辞儀をしてみせるプリスに、ヒヅキは不要だと知りながらも自分の名を名乗った。
「まぁ、貴女の主になるつもりはありませんがね」
「私が勝手に主と仰ぐだけですので、それで構いません」
「友に似て強引だ事で」
ヒヅキは諦めて小さくそう零す。
「古来より類は友を呼ぶと言われているではありませんか」
僅かにエインに似た笑みの形を取るプリスの口元に、ヒヅキは小さくため息を吐いた。
「それにしても、ヒヅキ様は御優しい方ですね」
プリスのその言葉を、ヒヅキは思わず鼻で笑ってしまう。
「優しい、ですか。私は利己的なだけですよ。益が無くなれば貴女方も簡単に切り捨てる事でしょう」
「その方が分かりやすく、また信用もできます」
「…………」
「私は利他や善などというモノを信用していませんので、そうやってわざわざ口にして伝えてくださる貴方様は好感を持てます。やはりヒヅキ様は御優しい」
「……お好きにどうぞ」
「ええ。それに面白い。ヒヅキ様の発想は私には無いモノばかりですから」
「技能が違う、ただそれだけです。貴女はスキアの様な化け物ではなく、人間が専門でしょう?」
「よく御分かりになられましたね」
「貴女には音が無いのでね」
「なるほど。今後の参考に致します」
「…………」
調子が狂うと、ヒヅキは小さく鼻から息を吐く。
「それでも、ヒヅキ様には勝てません」
「?」
「私では貴方様の首は取れないでしょう」
「正攻法では、という事でしょう?」
「ええ、勿論です。首筋に刃を当てる以外にも命を取る方法は無数に在りますから」
「それは恐いですね」
「ですが、私の毒牙がヒヅキ様に及ぶことはないでしょう」
「ならいいのですが」
「はい。今の私はヒヅキ様を害する立場ではなく、影ながら御守りする立場ですから」
「……そうですか」
「はい。それに、私はもっと貴方様の事が知りたいのです」
「何故です?」
「私は人並みの感情というモノを知りたいからです」
「それに私は適任ではないですね」
「いえ、ヒヅキ様だからこそ適任なのです」
「そうですか?」
「ええ。ヒヅキ様は感情が無いようで、其の実とても豊かな感情を持つ方です」
「…………」
「私は知りました。貴方が実は優しい方だと」
「はぁ」
「私は知りました。貴方が実は情に厚い方だと」
「そんな事は――」
「私は知りました。貴方が実は誠実な方だと」
「…………」
「私は知り――御気分を害されましたか?」
「いや」
「私と似ているようで、全く違う貴方様について私は知りたいのです」
「……はぁ。最近調子が狂ってばかりだ」
「それもまた貴方なのでしょう」
「……もうすぐ朝ですよ」
「ええ、今少しこうしてヒヅキ様とお話ししていられる時間で御座います」
「はぁ」
そのプリスの言い様に、ヒヅキは思わず疲れた息を吐き出していた。