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ガーデン防衛28

 虫の鳴き声が存在しない静かな夜。風の音さえないそんな静かな夜に、少女の小さな声がヒヅキの右手側から掛けられる。

「起きているか?」

「ええ」

 ヒヅキはただ天井を見つめながら、朝になるのを静かに待っていた。

「少し、話をしていいかい?」

「ええ」

 少女はヒヅキ腕を抱き枕の如く両手で抱きしめて、頭をヒヅキの肩に置いていた。ヒヅキには頭頂部を向けていて、視線は足元に向いている。

「……すまなかったな」

「何がでしょうか?」

 少女は抱き着いているヒヅキの腕の袖を捲ると、そこに細かくついている傷の周囲を確かめるような手つきで撫でる。

「これの事さ。私の為と思い上がるつもりはないが、ガーデンの民に代わって感謝する」

「私が勝手にやった事です」

「それでもさ。私はスキアと戦う力はない。いや、君が行った偉業は冒険者ですら成し得ない事だろうさ」

「…………」

「私は何も出来ぬ無能な自分が情けないのさ」

「…………」

「私はね、第三王女などと言われてはいるが、実際は大した権力を持っていない。かといって剣を取って戦ったところで、兵士相手ぐらいならまだしも、スキアや冒険者が相手では勝負にもならない」

「…………」

「本当に情けない話さ。だから私は、君に感謝して謝罪する事しか出来はしない。君は何も受け取ってはくれぬからな」

「…………」

「なぁ君。ヒヅキ君……いや、ヒヅキさん……ヒヅキ様? 何でもいいか。なぁ君、この戦いが終わった後の話だが、私を君の旅に同行させてはくれないだろうか?」

「……何故でしょうか?」

「私はこの戦いが終われば家を捨てようと思っている。元々王位継承権を捨てようとしていたしな。本当は王が廃嫡してくれるかとも期待していたのだが、どうやらまだその気がないらしい」

「……それで丁度いいと?」

「言ってしまえばそういう事なのかもしれない。だが、私は君と共に居たいのだ。足手まといなのは承知の上だ。その代り、この身は好きに扱ってくれて構わない。君の言葉になら何だって従おう。夜の相手だろうと、金を稼げというのならこの身を使ってでも稼ごう。君の為ならこの身を危険に晒す事も喜んで引き受けよう」

「…………」

「だから――」

「お断りします。それに、例え共に旅をするにしても、そんな事はしませんし、頼みませんよ。それは分かっていますよね?」

「ああ、それでもそれぐらいの覚悟はあるという事さ」

「何故そこまで?」

「……こんな事を言っては恵まれているからだと言われそうだが。私はね、王族ではなく普通の女で居たかったのだよ」

「…………」

「生きるのは大変だ、それは理解している。その為に持った覚悟だし、剣術も自分の身を守る為でもある。身体を売ろうと、泥を啜るろうと、無残に殺されようと、私は最後まで私で居たいのだよ。……少し、話は変わるが、私は君の幼少の頃の事件を調べていた。それで君の事を知り、色々調べていた」

「…………」

「調べて、会ってみたいと思った。そして、こうして出会えた」

「それで一緒に旅がしたいと?」

「それもあるな。だが、君は私の事を殿下と呼ぶが、実際私の事を王族とは見ていないだろう?」

「そんな事は無いかと」

「そんな事はあるさ。君は単に都合がいいから私の相手をしているに過ぎない。もしも私が王族ではなく、そこらを歩いている一般人だったとしても、必要であったなら同じように接した事だろう。まあ呼び名が変わるぐらいはあっただろうがな」

「……否定はしません」

「だから君に興味を持った。その時の私は君があの事件の少年だとは知らなかった。それでも惹かれた。面白いと思った。その後も君は幾度も私を助けてくれたし、私を見てくれた……正直、嬉しかったのだよ。私は幼くして母から離された。王は私を子ではなく後継者候補の一人としか見てくれないし、周囲だって同じだ。私は母親代わりの王妃や同じ王位継承者候補の兄弟に疎まれ、周囲は敵だらけ。心許せる相手は……プリスぐらいか。それでも主従関係は変わらないのだが」

「…………」

「私の勝手な思い込みかもしれないが、一人だけでもそういう友が居る事は幸せだ。それも理解している。だが、私にはこの王族という生まれが重すぎるのだよ」

「…………」

「はは、私は何が言いたいんだろうな」

「それでも、貴女はこの国に必要な人物でしょう」

「そうでもないさ」

「いえ、私はここ一年ぐらいで色々見聞きしました。特に最近は貴女や街の人から王宮について聞いてきた。どうやら今の王宮は堕落しているようですね。そんな中にあったも貴女はまだまともだ」

「……まとも、か」

「ええ。おそらく……いえ、確実に近いうちに貴女がこの国に必要になってくる事でしょう」

「それは私の役目ではないだろう」

「いえ。歴史を勘案するに、この戦いが終わった後は貴女は救国の女神や聖女とでも讃えられる事でしょう」

「……君がそうしてくれるのか?」

「ええ、勿論」

「そうか、だが要らないな」

「そうですか」

「私はただ君の近くに居たいだけさ。それに、そんな仰々しい呼び名をされたら私はいよいよ居場所がなくなるな」

「…………」

「やはり駄目か?」

「……気づいてないだけでは?」

「そうだったらよかったんだけれどもな」

「はぁ。……分かりましたよ」

「そうか! ありがとう。それと、私と一緒にプリスもついて行くからな」

 少女は顔を上げると、年相応の笑みを浮かべる。

「お好きにどうぞ」

「ああ、私と一緒に君の好きに使ってくれ」

「……ええ、その時はよろしくお願いしますね……エイン」

 それに、少女は驚きヒヅキの顔を凝視する。

「駄目ですか?」

「いや、その、駄目ではないさ」

 目を向けられてそう問い掛けられた少女は、顔を真っ赤に染めてヒヅキの肩に顔を押し付けた。

 嬉しそうに腕を抱いている力を強める少女に、ヒヅキは空いていた手で頭を撫でる。

「今優しくするな! 泣いてしまう」

「誰も見てませんよ」

 そう告げると、ヒヅキの肩の辺りがジワリと温かくなる。そのまま静かな時間が過ぎ、肩の辺りの熱が消えた頃に、少女の穏やかな寝息が聞こえてくる。

 その寝息を聞きながら、ヒヅキは天井を眺める。

(この先の展開次第では貴女はこの国に居続ける事になるのでしょうが、まあ応援はしてますよ)

 そう考えたところで、ヒヅキは隣から視線を感じて顔をそちらに向けた。

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