侵入
突入することにしたとはいえ、見るからに荒い造りだが、そこはさすがに小鬼の本拠地であるだけに守りは堅いようにみえた。
ヒヅキは遠巻きにぐるりとその本拠地の周囲を回りながら木で出来た壁を観察する。
その壁は上部が返しのように外側へと反っており、他には確認できた出入口が全部で三つあった。
一つ目は町側の少しだけ立派な南側の門で、これを正門とすると、二つ目は正門の反対側に人一人がやっと通れるような小さな扉で、最後の三つ目はその二つの中間あたり、西側に正門の二回りほど小さめの門の合計三か所であった。そして内側には、ある程度の間隔毎に櫓のようなものが併設されていた。東側に門が無いのは、おそらくそちら側には竜神の泉というこのあたりの住民にとって神聖な場所があるからだろう。あそこは確か、今は穢れが進んでいるという話を聞いた記憶がある。
ヒヅキはその壁を観察している時に見つけた正門の反対側にある裏口のような粗末な小さな扉が観察出来る位置に戻ってくる。
「ん~相変わらず、か?」
警備が厳重な本拠地にあって、何故だかその裏口周辺だけは極端に警備が薄いようであった。
「罠……かな?何に対してのだろう?冒険者へのかな?」
そのあまりに不自然な警備の穴に、ヒヅキは困惑気味に首をかしげた。
それからしばらく観察するも、相変わらず警備は緩く、まるでどうぞ入ってくださいと言わんばかりであった。
「さて、どうしたものかな……」
もう一周小鬼の本拠地を回って様子を確認したヒヅキは、考えるように空を見上げた。
正直、警備が厳重とはいえ、ヒヅキ単身である以上気づかれずに侵入することは不可能ではなかったが、それでも出来ることなら楽に侵入したいと考えてしまうのが人の性というものなのだろう。
「しょうがない、裏口から侵入してみるか」
ヒヅキはそう決めると、素早く裏口へと近づく。
遠巻きにではあるが、確認した限りでは落とし穴やトラバサミのような罠の類いは発見出来なかったのだが、それでも油断せずに素早く、しかし警戒だけは怠らずにヒヅキは出来る限りの速さで裏口へと移動する。
「……ここまでは何もなかったな……本当にただの警備の穴なだけなのか?」
ヒヅキは困惑気味に首を捻るも、すぐに気を取り直して裏口を観察する。
「ぱっと見ただけだが、ここにも罠らしきものは仕掛けられていないな……」
ヒヅキは裏口の側面に移動すると、手を伸ばして扉を少しだけ開けてみる。
「………」
一拍置いてから、扉越しに中の様子を窺う。
そこから屋根さえあれば何でもいいと言わんばかりの雑な造りの家屋が建ち並んでいるのが目に入ったが、他にめぼしいものはなかったし、人影すら確認することは出来なかった。
「さて、これが罠なのかどうか……」
ヒヅキは静かに扉を開けると、中に入ろうと片足を前に出そうとして、そこでピタリと止まる。
「……ん?これは……」
ヒヅキは目を細めると、浮かしていた足をそっと元の場所に戻す。そして、その場でしゃがみこんで真剣な目付きで地面に目を向けると、そっと地面に手を触れる。
「なるほど、これがあるからこの辺りには人がいないという訳か」
手に伝わる感触に土や石以外のものを感じて、それの正体に思い至ったヒヅキは、どうしたものかと首を捻る。
「見た感じだと、あの建物との間までの地面全てに落とし穴が掘られてるな……繋ぎ目さえ上手く見分けられればいいんだけど……」
ヒヅキは漠然と落とし穴がそこにあるのは分かるが、それがどれだけの規模で、どういう間隔で掘られているかなどの細かいところまでは分からなかった。
それでも、裏口から建物までの目測で10メートル以上の距離に、更に幅になると、その倍近くはあるだろう眼前の一帯に、大量の落とし穴が掘られているのは看破出来ていた。
「こんなところに労力を割かなくても……」
深さなどの内部の様子までは分からないが、その規模に思わずため息を吐きそうになりながらも、ヒヅキは辺りに目を向ける。しかし、周囲には一見すると廃屋のようにも見える家々が少し離れたところに建ち並ぶだけで、他に目につくものはなかった。
「……いや、こいつがあったな」
ヒヅキは思い出したように目の前の木で出来た壁を見上げる。
木の壁は何枚もの板を重ね合わせており、外側からは出来るだけ一枚の板で出来てるようにみせるためか、板と板の繋ぎ目が目立たないように工夫されていたが、内側から見ると木と木を板で打ち付けて繋げているのがよくわかった。
「こっちが見える可能性がある見張りは向こうに居る一人と、反対側にももう一人か」
ヒヅキは離れたところに建っている櫓に目を向けるが、現在地からは視認出来なかった。それでも、壁を登るとなると視界が通るようになり、発見される可能性がグッと上がってしまう、それは反対側の壁を登っても同じだった。
「幸い、意識は外側に向いているようではあるのだけれども……」
櫓の小鬼が警戒しているのは主に外側からの敵襲であって、密かに内側に侵入された敵には注意を払ってはいなかった。元々敵襲を警戒し、本陣への侵入を許さない為の見張りなのだから、当たり前と言えば当たり前の話ではあるのだが。
ヒヅキは改めて目の前の木の壁を見上げる。造り手の質を除けば、頑丈そうな木を使った立派なものであった。
その木の壁の内側は大量の木の板がしっかりと打ち付けられており、それを掴めば壁を移動するのは容易そうではあったが、木の壁の上部には通路のようなものは全くなく、外側へ張り出す形で反りがある以外にはただの木で出来た壁であった。それはつまり、壁を使った移動は身を晒した壁伝いの移動のみとなり、小鬼に見つかる確率がとても高そうということであった。
「これを使って移動するぐらいなら、正面から侵入を試みる方が簡単な気も………」
扉の陰に身を隠しながらも、扉の隙間から中の様子を窺いつつ、ヒヅキはしばし思案する。
「……とりあえず、正門までの途中にあった、もう一つの出入口を調べてみるかな。そこが駄目なら正門か、壁を壊すか……ウ~ム」
ヒヅキは次善策を考えながらも、一度森へと戻り、もう一つの出入口へと素早く移動するのであった。