歪み
それはヒヅキがまだ八歳の誕生日を迎えて間もない頃の出来事だった。
その日、ヒヅキは家の手伝いでカムヒの森に木の実や山菜を採りに出掛けていた。
「あっ!ここにもあった!」
ヒヅキは目の前の木の実を拾うと、背中に背負っている―――ヒヅキ自身でもまだ少し大きいと感じている―――籠に入れる。
その日は前日が雨だった影響か、木の実も山菜も容易に見つけることが出来て、普段よりも籠が重くなるのが早かった。
「そろそろ帰ったほうがいいかな?」
いつもよりも順調なだけに時間的には幾分余裕はあったのだが、軽く籠を揺らした感じから、籠の容量の方がそろそろいっぱいになりそうだと判断したヒヅキは、いつもより少し早目に帰ることにした。
「いつもよりたくさん採れたから、お父さんもお母さんも喜んでくれるかなー?」
ヒヅキは両親に誉められて頭を撫でてもらっているところを想像すると、足取りが軽くなったような気がして、帰り道は疲労から歩く速さが落ちるどころか、来た時よりも寧ろ軽快になったように感じていた。
「フン♪フン♪フフ~ン♪」
ヒヅキが鼻歌を歌いながら機嫌よく進んでいると、ようやく森の終わりが見えてくる。
「ん?」
そこでヒヅキは不意に世界が歪んだような違和感に襲われて足を止めた。
「???」
しかし、暫くその場に留まり辺りを見渡すも、何かが起きる様子もなければ、何かが在る訳でもなく、ヒヅキは気のせいだったかな?と思い直して再び歩みを進めようとしたのだが、
「ん?今度は何だ?」
静かな森に響く大勢が移動するような音に、一瞬ヒヅキは緊張するように身体を固くすると、警戒するように周囲を見渡した。
「多分向こうからだと思うんだけど……?」
ヒヅキは音の出所を確認しようと、森の端からそっと顔を出した。
「え?やっぱりどこかの国が攻めてきたの?でもあの旗は……?」
森の中から顔を出して確認したヒヅキの目には、物々しいまでの重装備で身を固めた者たちが整然と前進しているところであった。
その一糸乱れぬ見事な動きは、その一団がどこかのよく訓練された部隊であろうことをまだ幼いヒヅキにも容易に想像させるものであったが、その軍隊らしき一団が掲げている旗を確認したヒヅキは、思わず首をかしげていた。
「見たことない旗だな……カーディニア王国のものでもなければ、エルフのものでも獣人たちのものでもないし……多分魔族や鬼のものでもない、よな?……それじゃあ?」
国境近くの村に住んでいるだけあり、ヒヅキは何かあった時の為に自国のカーディニア王国の旗印は勿論のこと、他の人族の旗印に、カーディニア王国と国境を接するエルフと獣人両国の旗印もしっかりと記憶していた。
ついでに魔族や鬼たちの旗印までもある程度だが記憶していたヒヅキだったが、そんなヒヅキでも今目の前を行軍している軍隊らしき一団が掲げている―――黒地の中央に白で片手を天に掲げる人の形が描かれ、その人が掲げる手には黄色の太陽のようなものが描かれていた―――旗の旗印には、残念ながら全くといっていいぐらいに見覚えがなかった。
そんな謎の一団はヒヅキに気がつくことなく整然と行進を続ける。その一団が進んでいる先を確認したヒヅキは息を呑み込むと同時に、一瞬思考が停止した。
「お父さん、お母さん……!!」
ヒヅキの住む村の方角から細いながらももうもうと黒煙が立ち上げるその光景に、ヒヅキは目の前を進む一団の方へと目をやる。
「なんで?なんでぼくの村なの!?」
ヒヅキのその嘆きは一団があげるガチャガチャという耳障りな金属音にかき消される。
「はやく村に帰らないと……!!」
ヒヅキは思い出したように力が抜けていく脚に無理やり力を入れると、村に戻るために行動を開始した。
「まずはコイツらにバレないようにしないと」
ヒヅキは森の中を移動することで謎の一団から十分距離を取ると、見つからないように注意しながら森を出ていく。
そうして密かに森から出たヒヅキは、焦る気持ちを必死で抑えて離れた位置から回るようにして村へと近づいて、村に程近い竹林の中へと入っていく。
「あいつら村を囲んでる、どうやって入ったら……」
ヒヅキは村の様子を観察するも、謎の一団は村を二重、三重と囲んでいて、容易に村には入れそうにはなく、また村からも簡単には脱出することが出来そうにはなかった。
それでも、小さな村とはいえそれだけの囲いを造るには十分な人手が居ないらしく、囲いの間隔は少し広めに取られていた。
「どうにかして気をそらせないかな……」
ヒヅキは辺りを見回すも、竹と土ばかりが目にはいるだけであった。
「他には何かないかな……」
更に辺りを見回していたヒヅキは、背中に動くものを感じて、やっと自分が籠を背負ったままだったことを思い出す。
「この籠はここに置いておこう、邪魔になるだけだしね」
ヒヅキはそっと近くの木の影に籠を下ろすと、身体が一気に軽くなったのを感じた。
「これなら行けそうじゃないかな?」
ヒヅキはそんな身体の具合を確認すると、村を囲う謎の一団へと目を向ける。
「……なんでだろう?なんとなくだけど今ならあの囲いを捕まらずに抜けられそうな気がする」
そんな感覚に僅かに戸惑いを覚えるヒヅキだったが、それでも両親や村の人たちの安否が気掛かりなヒヅキは意を決すると、その感覚に従って脚に力を込める。そして、そのまま村を目指して一気に竹林を飛び出したのだった。
少しシリアスっぽくなってますが、三話ぐらいしか続きません。
その後は暫くのんびりが続く予定です。