嵐の前の18
ヒヅキがギルド訪問を済ませた翌日の事。
朝食を済ませ、ヒヅキが部屋で寛いでいると、メイドの一人がヒヅキへの来客を伝えてきた。
そのメイドに案内されて通された部屋には、一人の身なりの綺麗な男が待っていた。
「お持たせしました」
来客の当てなど一つしかないヒヅキは、手早く挨拶を済まさせて、用件を聞く。
「これをヒヅキ様に御渡しするように言付かって参りました」
誰からとは明言せずに恭しく差し出された二通の書簡を、ヒヅキは丁寧に受け取り目を通す。
(いやはや。面倒な事だ)
それに目を通したヒヅキは、顔には出さずに内心で溜息をついた。
書簡の一通目は、約束通りに国境を越える為に必要な通行証であった。そして、もう一通は依頼であった。いや、依頼半分私書半分といったところか。
内容は事前にエインがヒヅキに依頼していたガーデン防衛への参加依頼。それと、現状の情報と共にエインの言葉が添えられて書かれていた。
その書簡に書かれている情報によると、スキアは現在北側の砦を落とし、東側のスキアと共にガーデンに接近中だとか。西側砦はスキアと戦闘中で、落ちるのも時間の問題。南側は不思議とスキアの姿はほぼ確認できていないらしい。
(欠囲でもあるまいに)
欠囲とは、わざと包囲に穴を空ける事により、包囲された側が決死にならない様にするのと、逃げ道を誘導する為の作戦の一つ。しかし、それにしては少々雑なうえに、ガーデンまで到着した場合、スキアはガーデンを容赦なく包囲する事だろう。スキアにとって人間の砦など力押しで落とせるような場所でしかない。
では、何故南側だけスキアが居ないのか。ヒヅキはそれを考えるも、情報が無さ過ぎた。せめてスキアについて今少し理解が深かったならば、何かしらの結論が出たのかもしれない。
「承諾した旨をお伝え願えますか? それともこちらも書簡の方がよろしいのでしょうか?」
「いえ。ヒヅキ様の口から直接承諾を頂ければそれで。では、私は急ぎますのでこれで。……これから宜しくお願い致します。ヒヅキ様」
ヒヅキは使者を玄関まで見送ると、自室に戻りもう一度書簡に目を通す。
(どうかこの国を救う為に、非力な私に御力添え下さい、ね)
その後にもう一通の書簡。通行証を取り出し、ヒヅキはその通行証に書かれている一文を小さく読んだ。
「この者の身分はカーディニア王国が保証する。ですか。つまりは国が無くなったらこれも意味を成さないぞ、と」
そんな事を連想しかねない言葉がエインの私書には書かれていた。あれは一見懇願にみせかけた脅迫だろう。要は、通行証が必要なら一緒にガーデンを防衛しろ。という事なのだから。
それに、スキアがもうすぐ近くまで来ている場面で使者を寄越したのも少々嫌らしい。どこに選択の余地があるというのだろうか。
「まぁ。元より断るつもりはなかったんだけれども」
ヒヅキはエインは無駄な事をするな、と思いつつも、それだけ必死なのだろうと思い直す。
(こう思う事まで織り込み済みならば、策士どころか預言者だな)
ヒヅキはエインの姿を思い出し、エインならば有り得ないと否定しきれない気がしてくる事に小さな笑みを漏らした。
「明日から城壁か。こんな事さっさと終わらせたいものだ」
ヒヅキはそう呟くと、持ち上げた自分の手に目を向けた。
「何もかもが謎だらけだな」