嵐の前の17
「それではまた」
「本当にまたいらしてくださいましね!」
サファイアのギルドの近くで、二人はそう別れの挨拶を交わす。
「はい。また機会がありましたら必ず」
今にも泣き出しそうなサファイアに、ヒヅキはそう笑顔で返して頭を下げると、「では」 と言ってシロッカス邸へと向けて歩みを進めた。
迷路の様な入り組んだ路地を曲がり、サファイアの視界から自分の姿が見えなくなったところで、ヒヅキは歩く速度を上げる。
くねくねと曲がる歩き慣れない路地ではあるが、それもシラユリのギルド近くまで来ると、一度通った事があるだけに、更に歩く速度を上げることが出来た。
「先に晩御飯を摂っていてくれていればいいんだけれども」
ギルド訪問に少々時間がかかってしまっただけに、帰りが遅くなるのは確定事項であった。というよりも、ヒヅキがギルド区画を抜けた辺りで、既にいつも通りならば三人で食卓を囲んでいるような時間であった。
ほとんど走っている様な速度で移動するヒヅキだったが、人の多さに思ったように速度が出せないでいる。
「相変わらず、都市ってのは人が多いな」
かといって、人混みを避けて通れるような裏道に詳しい訳ではないヒヅキは、結局走っているのと速足の中間ぐらいで通りを抜ける。
「時間は……」
通りを抜け、ヒヅキがやっとシロッカス邸に到着できたのは、夜もそれなりに経ってからの事であった。
「遅くなる事は事前に伝えてあるけれども」
そう思いながらヒヅキが玄関に取り付けられている、呼び出し用の金具を使って戸を叩くと、直ぐにヒヅキを確認したシンビが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。ヒヅキさま」
それにヒヅキが返事をすると、シンビは食事をどうするかを訊いてくる。
「お願いします」
それにヒヅキが食事の準備をお願いすると、シンビは直ぐに用意する旨を伝えて奥へと下がろうとした。
「あ、そういえばシロッカスさんとアイリスさんはもう食事を終えましたか?」
ヒヅキのその確認の問いに、シンビは「はい」 と頷きを返して奥に下がっていった。
それにヒヅキはホッとしつつ一度自室へと戻ると、軽く着替えだけを済ませて食堂へと移動する。
そのままヒヅキは食事を終えると、シンビに留守の間に自分に客が来なかったかの確認を行う。それに来客は無かった事を知らされ、ヒヅキはシンビに礼を言って食堂を後にした。その後に用意されたお風呂に浸かり、自室へと戻ると、明日には使者が来るだろうかと考えつつ、他にやる事もなかったので、その日は少し早めに就寝したのだった。