嵐の前の12
サファイアに手を引かれながらヒヅキが入り組んだ路地を進むと、目的のカトーの所属するギルドの建物に到着する。
その建物は木造の二階建てで、地味な色をしていた。
「さ、行きますわよ!」
機嫌のいいサファイアの声と共に、ヒヅキはカトーが所属するギルドへと足を踏み入れる。
建物の中は見てきた他のギルドよりも狭く、机と椅子が置かれている以外には、受付カウンターと部屋の隅の方に観葉植物が置いてあるだけだった。
「いらっしゃいませ」
入ってきたヒヅキとサファイアに向けて、受付に立っていた中性的な見た目の人物が声を掛ける。おそらく男性であろうが、ヒヅキには女性の様にも見えた。
「本日は当ギルドにどの様な御用でしょうか?」
その問いに、ヒヅキではなくサファイアが答える。
「カトーさんにお会いしたいのですが、いらっしゃるかしら?」
サファイアの言葉に、受付の男性は「少々お待ちください」 と一言断りを入れてから、カウンターに置いてある何かに目を通す。
「カトーでしたら現在所用で外に出ております」
「そうでしたの」
「予定ではもうそろそろ戻ってくるはずですが、いかがいたしますか? ここでお待ちになられますか?」
「そうですわね……」
そこでサファイアはヒヅキの方へと振り返る。
「どういたしますか?」
もうすぐ帰ってくるとはいえ、それは予定でしかない。しかし、後で来るとなるとルリとの会話に集中できないかもしれないと考え、ヒヅキはカトーが戻ってくるまでの間、ギルド内で待たせてもらう事にした。
「では、そちらにお掛けになってお待ちください」
ヒヅキの返答に、受付の男性は近くの椅子を勧める。
「ありがとうございます」
「ありがとうございますわ」
それに礼を言うと、勧められた椅子にヒヅキとサファイアは腰掛ける。
「どうぞ」
そこに受付カウンターから出てきた男性が暖かい飲み物を持ってくる。
それに二人は礼を言うと、受付の男性は会釈をしてカウンターの中へ戻っていった
「あ」
そこで手土産を持ってきていた事を思い出したヒヅキは席を立つと、受付の男性にカトーの分を手渡した。
「ご丁寧にありがとうございます」
それを受付の男性が受け取ったのを確認すると、ヒヅキは席へと戻る。
「律儀ですのね」
そんなヒヅキに、サファイアは感心したように声を掛ける。
「そうですか?」
首を僅かに傾げたヒヅキに、サファイアは頷いた。
「手土産をわざわざ用意する方は勿論いらっしゃいますが、それは大抵少々面倒な頼みごとにする方多いですもの。ですから、ただ顔出しにいらしただけで手土産を用意されている事にそう思ったのですわ」
「そうなんですか」
それは都会だからというよりも、冒険者というものだからなのだろう。ギルドは依頼人が出した依頼を受ける集団だ。それ故に、礼よりも実利的な部分の方が強いみたいだ。
「まぁ知人を訪ねるのに手ぶらというのも悪いと思っただけなんですが。仕事とはいえ死線を共に潜り抜けた訳ですし」
「まあ」
ヒヅキのその返答に、サファイアは心外そうな声を漏らした。
「知人などと他人行儀ですわね! 私はヒヅキさんの事は友だと思っていますのに」
「友、ですか」
「ええ。ご不満でしたら恋人に致しましょうか?」
にこやかな笑みを浮かべながらも、お道化るようにそう口にするサファイア。
「いえ。不満な訳ではないのですが」
それに触れる事無くヒヅキはそう返す。しかし、ヒヅキは友と知人の違いがいまいち理解できていなかった。それは言葉の意味でというのではなく、感情的な、心の部分で理解できていなかった。




