嵐の前の11
「まずはサファイアさんの所属ギルドからだな」
シラユリから各ギルドの所在を聞いたヒヅキは、近い順にサファイア、カトー、ルリの順に訪ねる事に決める。
相変わらず迷路のような道を、記憶にあるシラユリの説明を頼りに進み、無事に目的の建物に到着した。
その建物は見るからに大きな建物で、色々と飾り立てられた派手な建物であった。端的に言って、その建物だけ周囲から浮いていた。
「…………」
そんな建物だけに、ヒヅキは少しの間建物の前で入るべきか否か少々真面目に考えてしまう。
「……入るか」
ヒヅキは頭を振ると、目的を思い出してその建物の扉に手を掛けた。
建物の中は広い空間が広がっており、そこにはたくさんの机と椅子が並べられていた。奥にはカウンターがあり、その横には二階へと上がる階段が続いている。
その光景に、ヒヅキはまるで酒場のようだという印象を受けたが、よく見ればカウンター奥には酒が並んでいる。
「いらっしゃい!」
既に何席か埋まっている席の奥、カウンターに立っている短髪の快活そうな女性が、入ってきたヒヅキに向けて見た目通りに元気の良い声を上げた。
「何にしましょうか?」
少し首を傾けて問い掛けてくる女性に、ヒヅキはここが本当にギルドなのか心配になりながらも、サファイアが居るか問い掛けた。
「ああ、サファイアさんのお客さんか。ちょっと待ってな!」
そう言うと、女性は階段側に在った扉から奥へと消える。
「なんだ、兄ちゃんも好きだねー」
女性が奥に消えると、席に着いて酒を飲んでいた中年の男性がヒヅキに向けてそう声を掛けてきた。
「?」
それに顔を向けると、意味が解らず首を傾げるヒヅキ。
「まぁ気持ちは分かるがね」
「なぁ。あんな色気だらけの女なら仕方ないさ」
「でも、勘違いしてあんまり本気になるなよー。入れあげて破産したヤツも居るからなー」
「ありゃ自業自得だったがな!」
「違げぇねぇ」
そう言ってハッハッハと勝手に盛り上がる男たちに、ヒヅキは「はぁ」 とだけ返す。何を勘違いされているのかは理解したが、ただの肴の為の話題なだけに、別にムキになる様な事でもなかった。
そのまま男たちの賑やかな声を聞きながら待っていると、奥から先程の短髪の女性と、サファイアが姿を現す。
「まぁ、ヒヅキさんではありませんか!」
ヒヅキに気づいたサファイアは嬉しそうに小走りに近づき、ヒヅキの手を取る。
「御無事でしたのね! 良かったですわ!」
少し目元を潤ませるサファイアに、ヒヅキは心配を掛けたと軽く頭を下げて、無事に帰ってきたことを報告する。
「ああそれと、これを。ここに来る途中で買ったものですが、皆さんでどうぞ」
「まぁ、ありがとうございますわ!」
ヒヅキはサファイアの分の手土産を渡す。それを受け取ったサファイアは、不思議そうに首を傾げて問い掛けた。
「そう言えば、よくここが分かりましたわね。シロッカスさんにでも訊きまして?」
「いえ、シラユリさんに伺いました」
「まぁ。シラユリちゃんが素直に教えてくれたの!?」
それがとても意外だったようで、サファイアは驚いて目を丸くする。
「はい。丁寧に教えてもらいました」
ヒヅキはそう言ってそれを肯定した。
「そうだったのね」
そこで先刻の男たちがはやし立てるように声を上げる。
「お! とうとうサファイアちゃんにもいい人が出来たのか!」
「そりゃ大ニュースだ!」
「もぅ! 茶化さないの!」
言い聞かせるようにサファイアが男たちにそう言うと、男たちは嬉しそうな笑い声を上げながら謝ってきた。
「これからカトーさんの所にも伺いますので、そろそろ私はこの辺でお暇させて頂きますね」
「もう、ですの? 折角いらっしゃったのに」
ヒヅキの言葉に残念そうにするサファイア。
「そうですわ! 私もカトーさんの所へご一緒させて頂きますわ!」
「え?」
その突然のサファイアの提案に、ヒヅキは不意を衝かれたような声を漏らした。
「さぁ! 行きますわよ!」
サファイアはカウンターにお土産を置くと、先刻の女性にそれを任せて、驚いているヒヅキの手を取って歩き出す。
ヒヅキはそれに困惑しながらも、カトーと顔見知りであるサファイアが居ても別に何の問題も無いかと思い直し、大人しくサファイアに手を引かれて、その後について行くのだった。