名も無き兵士の最期
怒号や金属同士がぶつかり合う音などの轟音が鳴り響く戦場の真っ只中にあって、バタリという重い物体が地面に倒れたような、周囲の轟音に比べれば遥かに小さく、容易に紛れ、かき消されてしまうようなその音がやけに耳に響いて聞こえた小鬼の一人は、嫌な予感に急かされるかのように音がした後方へと反射的に目を向けた。
「おい!大丈夫か!?」
振り向いた場所には先ほどまで勇ましく吼えていた仲間が、血を吸ってどす黒くなっている地面の上に静かに横たわっていた。
振り向いた兵士は驚きのままにその倒れている兵士に声を掛けるも、倒れている兵士はピクリともしなかった。
「くそっ!いったい何が!」
その姿に兵士は言い知れぬ恐怖を感じると、その恐怖を認めまいとするかのように無理矢理に口を開いてそう言葉を吐き棄てた。
その瞬間、また背後でバタリという重い物体が地面に倒れる音が聞こえてくる。
「ッ!」
兵士は身を竦めるような動作と共に素早く振り返ると、そこにはやはり物言わぬ仲間がうつ伏せに倒れていた。
「一体ここには何が居るってんだ!?」
兵士は警戒して辺りを見回すも、その姿は完全に恐怖に飲まれているそれであった。
そんな兵士の姿を目に留めた他の兵士たちは一様に不可解そうに眉をひそめるも、その兵士の足元に倒れている仲間の姿を確認すると、小動物のように辺りを忙しなく見渡す怯えた様子のその兵士の挙動の意味を察した。察してしまった。
周囲の兵士たちも最初の目撃者の兵士同様に辺りを窺うように顔を動かす。そのどこか異様な光景に更に周囲の兵士に動揺がはしると、それを狙っていたかのように各所で一人、また一人と兵士が倒れていった。
沢山の兵士が居ながら誰もその犯人を目撃出来ていないことが更に混乱に拍車をかける。なかには不可視の怪物を夢想して、勝手に恐怖するものや逃げ出すものも現れた。
そこまでいくと更に動揺が周囲に伝わり、その波はあっという間に小鬼全体へと伝播したのだった。
事ここに至ってやっと逃げるという選択肢を思い出した最初の目撃者の男は、少しでも身軽にしようと持っていたくすんだ色をした剣を放り捨てると、そのまま一目散に逃げ出した。しかし、時すでに遅く、男の記憶はここで永遠に途切れたのだった。