混乱
今まで幾度戦ってきたのだろうか、この世界に来てからというもの戦いの日々が続いていて、正直嫌になってくる。この森でも何度戦ったことか知れない。それこそ、今日だけでも何戦目だろうかというほどである。しかし、幾度戦いを経験しようが、誰かの命を奪うという行為には慣れそうにはなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
冒険者という存在は一般人よりも身体能力に優れているらしいが、さすがに敵の数が多すぎて呼吸に乱れが生じてくる。
「まだこんなに居るの!」
殺意を伴って押し寄せてくる人の波を睨みつけながら、桃茶色の髪をした、鋭くて大きな目とは対照的に小振りで可愛らしい口をした女性のサーラは、恨みがましそうにそう吐き捨てると、仲間の様子に目を配る。
隣で淡々と魔法を詠唱しては敵の波の中に次々と撃ち込んでいる青髪の無愛想な女性のルリは、珍しくその無表情の中に疲労を滲ませつつあった。
前衛で敵を惹き付け抑えている二人の男の片割れ、赤髪の男性のリイドの表情は背後に居るサーラからでは確認出来ないが、それでも戦闘中も自分や周りを鼓舞するためにいつも心掛けているという明るさというか活発さが欠けているように感じられた。
そんなリイドの隣で一緒に敵の攻撃を一身に受け止めている大男のガザンの方はというと、その重装備の隙間から一瞬見えた表情は苦しそうなものであった。
最後にサーラは背後でリイドとガザンを回復し続けている、濃い茶色をした大きめのローブに身を包んだ女性、ルルラを視界の端に捉える。
ルルラはガザンの装備よりも幾分かは軽いのだが、そのローブの下に非常に似通っている甲冑に身を包みながら、余裕の無い形相で二人に必死で治癒魔法を唱えていた。
その、皆が疲労を表にだしつつある状況に、サーラはそろそろみんなも限界が近いことを覚る。
「これはちょっとヤバイかな?」
この世界には、冒険者は死んでもまた神殿などで蘇ることが出来るなどという都合のいいシステムが存在しているということはないようで、死んでしまったらこの世界の住人同様にそこで全てが終わってしまうのである。
ただし、この世界には死者を蘇らせることが可能な魔法が存在するとか、しないとか………。
その真偽のほどは確かではないが、少なくともサーラたちにそんな奇跡のような魔法の担い手が居ないことは確実なので、こんなところで死ぬ訳にはいかなかった。
「どうすれば……」
その時、弓矢を放ちながらもこの局面を打破する術を探していたサーラの目は、雲霞のごとく押し寄せてくる敵の後方が、何かしらの影響で混乱しだしたのを捉える。
その混乱は徐々に広がっていったかと思うと、途中から一気に敵全体に伝播する。
「いまだ!押し返すぞ!」
突然眼前の敵の勢いが衰えたのを敏感に察したリイドは、その隙を逃さぬようにと、すぐさまサーラたちに向けてそう声を張りあげた。
その少しあと、混乱の発生源と思われる場所から潰走している小鬼とは別に、しっかりした足取りで離れていく男の姿をサーラは目にしたのだった。